第49話 恋人です。
「三井さんが誰と会っても、私の事を知り合い〜とか言って下さるならいいんですけど……」
「……俺は桑野さんを日影の女性にはしません」
人と会っても、付き合ってるとは言わない。公言できない。
その関係は
俺を産んだ人と同じじゃないか。
「……先程、三井さんが困っているようにお見受けしたので」
「昨日交渉が決裂したので、俺だけが付き合ってると思っていたら悪いと思っただけです」
「三井さん。今は……よく考えて答えを待つ時期です」
「はい」
「今は未来がどうなるかも分からないあやふやな状態です」
「……」
「何か言えば、三井さんの社会的立場が悪くなるかも知れません」
「……」
桑野さんは俺を案じてくれて言っているんだ。俺が女性とすぐ破局するなんて思われないように。
俺の社会的立場を心配してくれているんだ。
分かってる。
分かっている。俺は一生一人なんだから。
「今日……どこか行きたい所はありますか?」
自分を抑えようと話を変える。
「そうですね。私は銀座辺りで買い物するので、三井さんも無理しないで、お仕事に行って下さい」
「俺と一緒は嫌ですか?」
桑野さんを前にすると、俺は大人になれない。ついつい、意地を通してしまう。
駄々をこねる子供みたいじゃないか。
「何かプレゼントすると……約束していたので……」
結局、これしか思いつかなかった。子供っぽい所を隠すつもりが、なんだか益々子供っぽい。
言い方が悪いけど、桑野さんを釣れる要素が他に何も思いつかなかった。
「もう高級ホテルをプレゼントして下さってますよ?」
「それはこちらに来てもらったお礼です」
「……」
「……」
「大体、二泊三日って少なくないですか?」
「え?」
子供っぽい所を弁解出来なかったから、ヤサグレついでに気になってた事を言う。
昨日来て、明日には桑野さんは帰ってしまう。
「私からしたら長いですよ。今までは一泊二日が基本でしたから」
「そうですか」
「二泊三日も私がいるって、三井さんラッキーですね」
「……」
勝ち誇ったように桑野さんが笑う。なんか悔しい。恥ずかしさが勝ってきた。大体俺はそもそもこんなに聞き分けが悪い子供では無かったのに。
「今年漬けた梅干しの具合も気になりますしね」
「え? 梅干し?」
「はい、梅干しです」
「梅干しって家庭で作れるんですか?」
「寧ろ家庭で作るものです」
すごいな。彼女は俺の知らない事、出来ない事を網羅してる。
「手作りを増やせば増やすほど、健康になれますよ!」
食べ物の話をする時の桑野さんは輝いている。本当に楽しそうに笑う。
食べてみたいなと思ったけど、言うのはやめた。
俺は一生一人だと、自分に言い聞かせる。
「三井さんはそんなに私と一緒にいたいんですね」
「……」
「一緒にいてあげてもいいですよ?」
「……性格最悪ですね」
「今の私には負け惜しみにしか聞こえません」
「……」
「三井さんの行きたい所はどこですか?」
ふと思いついた。昨日の照れた桑野さんを思い出して。
「……そうですね。銀座辺りを桑野さんとデートしたいと思います」
「えっ!? 並んで歩くんですか!?」
形勢逆転。今度は俺が勝ち誇ったように笑う。
「並んで歩くのが恥ずかしいからって、一人で行こうとしたんですよね?」
「……性格最悪ですね」
「今の俺には負け惜しみにしか聞こえません」
先ほどと全く同じやり取りをする。
「知り合いに会ったら、しっかりと〝恋人です〟って言ってあげます」
「くっ……! ……社会的立場が悪くなっても知りませんよ」
「ご心配には及びません。何事も上手く立ち回りますから」
「腹黒大魔王」
「気づいてます?さっきから真っ赤ですよ、顔」
「〜!! 最悪!!」
ついつい、桑野さんには大人気ない態度を取ってしまう。
嫌われたら大変だ。
「お詫びに……奮発しますから」
結局これしか思いつかないけど。
「すっごくびっくりする値段の物を買ってあげます!!」
顔を真っ赤にして、半ば意地のように言う桑野さんについつい笑ってしまった。
ああ、もう。やっぱり好きだ。幸せだ。
桑野さんが怒っていようが、愛しくて仕方ない。
「どうぞ。好きなだけ。」
やっぱり、失いたくない。