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第47話 結婚の条件を踏まえ未来を考える。好きな人の前で、涙を流す。

 

「三井さんも私も直感優位型です」

「? はい」


 話を変えられてしまった。


「直感ってセンサーみたいなものだから、とても大切だと思うんです」

「そうですね」

「直感にしたがって動く、流れに身を任せる。色んな考え方があります」

「はい」

「三井さんとの始まりは私が直感にしたがって動いて、三井さんが流れに身を任せた形です」

「まあ。確かに」

「ここで同じ行動を取るのはやめましょう」


 俺のビジネスでの行動は直感にしたがって動く。これが基本だ。だけど、流れに身を任せることも時には必要だ。


 あとは……


「〝よく考えて答えを待つ〟ですか?」

「はい。また合いましたね」

「俺達はよく似てますね」


 そう、ビジネスでは勿論よく考えに考えて、結論を出す事も重要だ。考えていたら答えがふと浮かぶ事がある。


 株を買い占める前は兎に角考えに考えた。

 予算もわずか。失敗したら弟達を路頭に迷わせる。

 打開策を考えて色んな角度からシミュレーションをした。


 その結果が今だ。


「よく考える事はとても大切ですね」

「はい。何事もバランスが大事です」

「桑野さんは猪突猛進な人かと思っていました」

「私、普段は石橋を叩いて叩いて叩き割るタイプです」

「……渡れなくないですか?」


 うん、直感に従う、流れに身を任せる、よく考える。

 偏ってはいけない。大切なのは状況とのバランスだ。


 今は、考える、か。

 俺と桑野さんとの未来を……。



 桑野さんを失いたくない。それが何を示すのか……考える。




「……私は、今回人生で初めて石橋を叩き壊す事なく爪先を出したと思っています」

「そうですか」

「パッと直感で決めて、上手く行かなかった時って自分を信用出来なくなります」

「はい」

「だから、三井さんにはじっくり考えてもらって、これからの事を考えてもらいたいと思います」

「……」


「私は今……三井さんの願いを叶えてあげたいです」

「え?」

「好きな人の願いを叶えてあげたいです。……本心ですよ?」

「……ありがとうございます」


 人からこんな事を言われたのは初めてだった。

 それと同時に物凄く困った。

 なぜなら、俺は自分の気持ちが分からないから。


 〝お腹空いた?〟〝何が欲しい?〟〝どうしたい?〟俺は弟達の願いを叶える事に喜びを感じていて、自分の願いを持つこともなかったから。


「因みに三井さん。ここまで来たら条件④も聞きたくありませんか?」

「まだあったんですか!?」


 一体何個あるんだ!!


「寧ろ、これが一番大事かも知れません」

「お金よりですか?」

「お、三井さんも段々私の事を分かって来ましたね!」

「嬉しいのか何なのか複雑な気持ちです」


「条件④はいい父親になれそうな人かです」


「……」

「三井さんって今思えば殆ど条件をクリアーしてるんですよ」

「……条件④は無いですよ」

「でも今は、それだけではないです」

「まだ条件があるんですか?」


「条件ではなくて、三井さんを好きになって……今は、未来がなかったとしても……今は……」


 彼女がしっかりと俺の目を見て言う。



「私の中のありったけの愛を三井さんに注ぎたいです」



 ……呆気に取られた。まさかまたこんな風に爆弾を落とされるとは。


「三井さん、泣いて良いですよ」

「……私は人前では絶対に泣きません」


 俺が感動して泣くとでも思われているのだろうか。




「……一生懸命な人ですね」


 そう言って桑野さんの両手が伸びてきて、俺の頬に手が添えられた。


「……プラトニックはもういいんですか?」

「だめです。守って下さい」

「……これはプラトニックの内に入るんですね?」

「入りません。三井さんは禁止です」

「フェアではないような」

「男女区別です」

「そもそもこの状態の真意は?」


 何故俺は頬を触られているんだ?



「だって……三井さんが泣いているから……」



(は?)


 バッと桑野さんから身体を離して自分の顔を触る。

 俺は人前では絶対泣かない。


「……」


 恥ずかしい。最高に恥ずかしい。触った俺の手が濡れている。


 〝泣き虫結仁!〟


「お、俺は普段は泣きません!!」


 〝すぐに泣くなーお前は! 血筋が卑しいからや!!〟


「泣きませんから!」


 〝なんやその目は!! お母さんに言うで! お前は身分を分かっておらんなぁ!!〟


 正妻の次男、お兄さんの実弟からの言葉がワッと脳内をかけ巡った。


 どうしよう。どうしよう。どうしよう。痛恨のミスだ。


 一番見られたくない所を見られてしまった。


「泣いて下さい」

「はい?」

「私は三井さんを支えたいです」


 そう言って、また桑野さんの手が俺の頬を包む。


「私の前で泣いてほしいです。その為に、今日来たんです。」


 いつかの…電話だったか。〝三井さん泣いてます?〟


「電話のときは泣いてないですよ……」

「はい。あの時私は、三井さんは泣かない人ではなくて、泣けない人だと……感じました」

「……お腹空いてたんですよね?料理冷めますよ?」

「そんなに照れなくてもいいじゃないですか」

「こちらの台詞です。顔近いですよ」

「最高に恥ずかしいですが、今は耐えます」

「私はそんなに近いとキスしたくなります」

「はぁっ!? セ、セクハラです!!」


 そう言いながらも、桑野さんは手を離さない。


「セクハラって。一応付き合ってるのに」

「〝一応〟は、いりますか?」

「プラトニックですから」

「……三井さんが私と結婚したらプラトニックじゃなくなりますよ」

「交渉決裂です」

「残念でしたね」

「……初めて人に顔を包まれました」

「え? そうなんですか?」



 腕を引っ張られた事はある。庭や池に突き落とすのも、蔵に閉じ込めるのも、身体を触らないと出来ないからだ。


 だからずっと、人の手は恐怖だった。


 人から触られそうになったら避ける。全ては無理だとしてもできる限り。それは養子になってからも同じだった。

 さすがに留学先のイギリスではそんな訳にはいかないから俺はいつも神経を使っていた。


 幼かった直くんや貴ちゃんを抱きしめた事もあるし、抱っこした事もある。けれどそれは子供に対するもので…。危害が来ないことが分かっていたからで。例え危害があっても子供の力だからで……。



 だから、俺の記憶の中で初めて……人に顔を包まれた。



「桑野さんの手は温かいですね」

「夏ですから」

「温かいです……」


 初めて……人の温度を知った。

 そう感じたら、俺の頬を生暖かいものが流れた。


 あぁ、俺は今泣いてるんだなぁと他人事のように思いながら目を閉じた。


 そうしたら、後から後から流れてきて、止められなくて、情けないとかそんな事を考える隙もなく、ただただ、目を閉じた。


 桑野さんは何も言わずに俺の頬を手で包んだままで、桑野さんの綺麗な……柔らかくて温かい手が……俺みたいなおぞましい人間に汚されている罪悪感を感じた。



 それでも、目を閉じる最後に見た桑野さんが、とても穏やかに俺に向かって微笑んでいて。



「温かいです……」



 産まれて初めて、感じたことのない大きな安心感に…包まれた。

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