第46話 腹を割って結婚の条件を語る。それでも、失いたくないです。
「三井さん、腹割って話しましょう!」
「……酔っ払いの中年男性のようですよ」
「そんなノリです」
どんなノリだ。
重い空気から一変、車内は明るい。
「三井さん、お腹空きました」
「さっきのしおらしさはどこに行ったんですか?」
「飲んで、腹割って話しましょう」
「私は車です」
また桑野さんとのテンポの合う会話が始まる。
「今思いましたけど、いい車に乗ってますね」
「もう半日以上経ってますけど」
「今になって緊張が吹っ飛びました」
「それで図々しくなったんですね」
「はい?」
「何でもありません」
桑野さんがいつもの電話の調子になる。
夕飯。個室の日本料理。
「はあ〜。良いところですね。最高です」
「……先程からお金の話しかしてませんよ」
「お金大好きですから」
「……嫌いな人はいないでしょう」
お互い食べながら、桑野さんは何か吹っ切れたのかいつもの調子以上にズケズケ言い出した。
「さぁて、三井さん。どうします?」
「どうって?」
「今後です。そんなに危機感無いとお金に目の眩んだ私から勝手に婚姻届を提出されますよ?」
「有印私文書偽造ですよ」
「そこは抜かりなく」
「桑野さんは俺との結婚を望んでいるんですか?」
とりあえず、聞いておこう。俺の意志は伝えている。その中でこんな話を出したのだから。
「付き合うならその先に結婚を見据えてほしいです」
「交渉決裂です」
「三井さんが浮気も不倫も出来ないように、実行支配するという手はどうでしょうか?」
「……内容を聞くのも怖いんですけど」
「私の婿養子になるというのはどうでしょう?」
……。
「はぁっ!?」
やっぱりいつも突然爆弾を落とす人だ!
「三井さんのお仕事の事情が無ければいいんですけどねぇ」
「勝手に話が進んでいませんか!?」
「三井さんがフリーランスとかであれば、大分県で住んでも大丈夫かなとか思ったんですけど」
「く、桑野さんのプランを理論的に教えて下さい」
「三井さんは一生一人、ということは三井家を継ぐ事は無いという事ですよね?」
「もちろん。ちゃんと弟がおります」
跡取りは直くんだ。
「私の結婚相手の条件。①お金持ち②実家近くに住んでくれる③……」
「まだあるんですか!?」
しかも条件①って。
「だから、どの道結婚相手を探すのは難しいんです」
「そうだと思います」
「はっきり言い切りましたね」
「そんなに条件があったとは」
俺はどの道不適合者のような。
「強欲な女です。さあ、振りましょう」
「……」
その言葉は俺の口からどうしても出ない。
「パターン②、三井さんが婿養子に入って大分県に住む。そうすれば中々不倫も浮気もしにくいです」
「どうして言い切れるんですか?」
「大分県は東京と違います。すぐに足がつきます」
「なんか言い方が嫌ですね」
足がつくって……
「条件③、教えましょうか?」
「……言いたいんですね?」
「はい。これは大切な部分です」
お金は?
「人の痛みがわかる人です」
「だから、私は三井さんを引っ張り込みたいと思っています」
「引っ張り込むって……」
「苦労を知らないと、人の痛みが分かりません」
「そうですね」
「ポジティブな人はネガティブな人の気持ちが分かりません。また逆も然りです」
「はい」
「三井さんはお話をする時、相手の気持ちを考えて、相手に合わせて話す事が出来る方です」
「……」
「人として、一番大切な事が出来る方です」
「買いかぶり過ぎです」
「表面上だけでも出来るのは素晴らしいです」
桑野さんは俺をびっくりさせたり、笑わせてくれたり、励ましてくれたり……そして、感動させてくれる人だ。
「失いたくないです」
「へ?」
「桑野さんを、失いたくないです」
結婚はしない。振ってほしい。だけど次に行かないでほしい。
桑野さんを失いたくない。