第44話 俺の不誠実さは分かって頂けましたか?
「……私は、どうしたら良いですか?」
ずっと黙っていた桑野さんが話し始めた。
「私は、正式にお付き合いするなら……やっぱりその先が無いと嫌です」
彼氏と彼女、ではいられない事は分かっている。
「それなのに、三井さんにそう言われたら……私は次にいけません……」
結婚は重い。俺は絶対にしたくない。
裏切るかもしれない恐怖と裏切られるかもしれない恐怖と……
俺みたいな人間を作り出す恐怖。
「俺も……もはや自分が分かりません」
自分が何を望んでいて、自分が何者であるのか。
京都の屋敷ではとにかく周りを刺激せずに息を潜める事。
養子に貰われてからは、会社を継ぐ能力があると見せる事。
理想の息子である事。
良き兄でいる事。
頼れる会社の代表である事。
自分が求められているであろう事をキャッチして、それを目指して頑張ってきた。
……自分の存在意義を見出す為に。
そうしていたら……俺は自分の本当の思いが何であるのか、分からない人間になった。
「三井さんの一番の願いはなんですか?」
願い?
桑野さんに俺が望む事……。
それは決まってる。
俺以外のものにならないで欲しい。
だけど、俺は結婚はしない。一生一人……。
なんだ……。今気づいた。俺は本当に抜けている。
俺はもうすでに俺を産んだ人達のように、
……不誠実だった。
「はは……」
乾いた笑い声が口から溢れる。
「桑野さんとの勝負。俺の勝ちですよ。俺は不誠実です」
「え?」
「桑野さんの事を幻滅はしないので、桑野さんが負けた訳では無いですが」
俺が桑野さんに幻滅したら桑野さんの勝ちだった。俺は幻滅しないから桑野さんは負けはしない。
だけど、俺が不誠実だったら俺の勝ちだ。
「……今のでは説明不十分です。もう少し私に分かるように理路整然とお答え下さい」
桑野さんがしっかりと俺に問う。
「俺は自分勝手で不誠実でした。今確信しました」
「それは伺いました。そう感じた理由です」
「なんか……取り調べのようですね」
「三井さん、容疑者です」
「……冗談ですか?」
「本気です」
……この口調だと理論的説明をもとめられているのだろう。
「……私は不倫の末に出来た子供です」
初めて、人に自分からこの話をする。
「不倫に嫌悪感を持っているので、その可能性の芽を持ちたくありません」
だから、俺は誰とも結婚しない。
「俺のような子供を作りたくありません」
子供は論外。
「だから、俺は一生一人です」
これが俺の一番の主張だ。
「……だけど、桑野さんを誰にも渡したくありません」
矛盾。
ほら、俺は不誠実だ。
桑野さんは何も言わない。
「……俺の不誠実さは分かって頂けましたか?」
半年持たず。勝負がついてしまった。この関係は終わりだ。
「……」
うつむいたまま。
「私は言葉をとても大切にしています」
彼女が急に話しだした。
「これを言ったら気に触るかな。じゃあこういう言い方に変えようかな、など。言葉を選んで話す事がほとんどです」
「はい」
「それでも、真意が伝わらなかったり、誤解されたりする事もあります」
「そうですね」
「それで傷ついて来たので、〝相手を不快にさせないように〟というのを身につけたつもりです」
確かに。彼女とパーティーであった時や初めの頃の食事では気を遣って話していた。
「それがいつしか〝相手を喜ばせるように〟と段々変わっていき、自分を卑下する言い方が身についてしまいました」
「それは……」
「それって、自分の本心では無い言葉を言うということなんです」
「そうですね」
その生き方は……後々辛くなるはずだ。
「だから、人から褒めてもらっても、本心では言ってないな。とか、こう言ってるけど、きっと裏があるとか、人を信用出来ないようになりました」
人を疑いながら生きていくのは苦しい。俺は実証済みだ。
「だから、褒められてもバカにされていると思うのかも知れません」
「……」
「でも、結婚したいし、このままだと一生独身だと焦り、出会いの場に行きました」
婚活パーティーね。足繁く通ったという。
「……私、男性で初めて……三井さんを信頼できました。こんな気持ち、初めてだったんです。そんなに会ってもないし、知らないはずなのに」
「……」
「三井さんの事を……信頼しています」
「……それはありがとうございます」
お互いそれぞれの傷を抱えて生きてきた。
「だから……無理して私に付き合わせてしまいました。本当にすみません……」
「謝らないで下さい」
おかげで俺は楽しかった。心が救われた時もある。
「私は、私の事しか考えていませんでした」
「俺は嬉しかったです」
確かに、始まりは押し切られた。それは否定しない。
だけど俺は受け入れた。
これまで沢山の人と知り合い、コミュニケーションを取ってきた。押し切られそうになったとしても、上手く切り返す事は出来た。
だけど俺はそれをしなかっただけだ。
半年間なら……
半年間だけ、桑野さんを独り占め出来ると思ったからだ。