第4話 デジャヴ?人の恋愛観、結婚観を聞いてみる。
次の日の朝、俺は歩いて出勤する。
清々しい朝は仕事へのモチベーションを上げてくれる。
昨日の気持ちを入れ替えて、今はこれからの一日を脳内で組み立てながら歩く。
信号で止まって、小休止。
(……あ)
前を見て驚く。反対側の道路を歩いている彼女を見つける。
この光景は10年前の……以前と同じだ。
なぜこんなに朝早くに? ビジネス街。もしかしたら、母親とお姉さんが上京しただけで、彼女はやはりこの近くで働く人……
信号が青になり、ハッと我にかえる。
忘れるつもりが、二度と会わないつもりが、いとも簡単に覆される。
(……もし、彼女にも結婚願望が無かったら、付き合うだけとか、出来るのかな)
…………。
最低だな。俺は。仮にそうであったとしても、それは不誠実だ。
(……直くんは真面目なのに)
さすが、お父さんとお母さんの実子だ。俺とは格が違う。
俺がお父さんとお母さんの本当の子供だったら、どんなに良かったか。俺に蔓延るこんな汚い血が全て流れて、お父さんとお母さんの血に変えられたら、どんなに幸せだろう。
……また考えても仕方のないことを。俺は本当に救いようが無い。
忘れよう。
未来を作らないと。……未来は明るい。
✽✽✽
「で、それらにかかる費用はどうなんだ」
会議中。またしても叔父さん、つまり社長から指摘を受ける。
「コスト無しに新規事業はなしえません。この事案は低コストながら、ハイリターンな事業でございます」
何回説明しても分かってもらえない。少しは手元の資料を見てくれないだろうか。
「利益が出るか分からない物に費用は出せん!」
「……ですが何か始めないことには利益は出ません」
「これだから若造は! 何も分かってないから困る!」
……赤字にしたのはどこのどいつだ。
駄目だ、いけない。感謝の心無くして事業の成功はない。
「こちらの事業は今後推進していくものでもあり、……」
叔父さんに分かりやすく伝える。そして誘導する。上手く……上手く……。
あくまで俺は成り上がりの若造で、この会議に出席してる重役はほぼ社長の犬だ。多数決を取ると負ける。
叔父さんに了承を得ることがこの会社を守る術だ。
✽✽✽
「ふー」
ようやく叔父さんの了承を得て、会議が終わった。30分もあれば終わる案件が2時間もかかった。時間がもったいない。
「お疲れ様でした」
「ありがとう」
秘書の黒崎くんがお茶を入れて持って来てくれた。
「CEO、今日はいつになく社長の相手が下手くそでしたね。いつもはもう少し穏便に纏まってますよ」
「……黒崎くんは目ざといね」
「手がかかるCEOですので、仕方ありません…」
「……」
俺の今日の余裕の無さの理由は分かってる。
俺の一番は仕事。他の事に意識を向けてはいけない。
そうだ。意識を向けなければいいんだ。
養子に貰われてから俺は人並み以上の生活をさせてもらっている。だから、つい自分に甘くなって気持ちが大きくなって、〝恋〟みたいな感情が湧くんだ。
感情を押し殺すのは慣れてるはずだ。大丈夫。
「そうそう、CEO。またお見合い写真が山のごとく届いておりますが」
「……なんで断ってくれないんだよ」
「私は他社の社長に意見する立場にはありませんので」
「……絶対面白がってるだろ?」
「はい」
黒崎くんは本当にズケズケと物を言う。まぁ、そこに惚れ込んで社外からヘッドハンティングしたんだけど。
俺が宙に浮かないように、戒めてくれる貴重な存在だ。
(たまに挫けそうになるけど)
「……そういえば黒崎くんって彼女いるの?」
「プライベートですので」
「それは失礼しました」
黒崎くんは秘密主義だ。仕事場でプライベートの事を無理矢理聞くのは確か、なんとかハラスメント?だったはずだ。
「黒崎くんって結婚したい、とかってないの?」
この位の雑談はいいだろうか。
「ありませんね。紙の契約になんの意味があるのか分かりませんし、縛られるなんか地獄でしかありません」
「なるほど」
そういう考えもあるか。
紙の契約……か。それがこの社会において重要なんだけどな。〝妻〟という立場は守られる。社会的に。
生家の正妻がそうだったように。内縁の妻にはなんのメリットもないはずだ。
俺だって、紙の契約に助けられてる。特別養子縁組。おかげで生家の呪縛から逃れられた。これがきっと、普通の養子縁組なら俺の気持ちはもっと重かっただろう。
「女が結婚の二文字を出したら、その瞬間で私は切ります」
「こわ……」
愛は無いのか? ……黒崎くんは確かになさそうだな。
「じゃあ、一生彼女止まりってこと?」
「彼女にするのも面倒臭いですね。別に彼女の称号って必要ないと思うんですよ。私は。付き合えと迫られたら取り敢えず付き合いますが」
考え方が俺と真逆だな。だから黒崎くんは面白い。
「不誠実だなー。いつか女の人に泣かれるよ」
「ウジウジ泣く女は目の前から葬りさります。女の武器を使う女は気持ち悪いので」
「なんかトラウマでもあるの?」
「無いですよ。……これ以上はプライベートですので」
「それは失礼しました」
こんな考え方もあるのか。また一つ見識が広がった。
直くんが聞いたら蒼白だろうな。いつも百子さんと仲良しだし。
俺も直くん寄りの考えだな。お父さんもお母さんも一途だったと思う。
だけど、俺の本能はどうなんだろう。俺には不倫の血が流れてる。ふとしたきっかけで俺も実の両親のようになるかもしれない。
俺はきっと不誠実な人間になるだろう。
一生、とか、永遠、とかそんなものはこの世に存在しない。
それなのに、相手にはそれを求めてしまう。
俺は欲深くて自己中心的だ。
10年前の件は『お兄ちゃんのこれまで』の第五話『深夜のアルバイトと昨日の女性』で、ご覧いただけます。