第39話 結果報告
家に入り、キヨさんの片付けを手伝う。
「坊っちゃん、先日申しました件ですが、何故か断られてしまいました」
「そうですか」
俺を産んだ人とその母親を雇う件だ。
「私がお話した時にはあんなに乗り気で喜んでらっしゃったのに……」
「何かあったのでしょうか」
俺は何も知らないように、しれっと話を合わせる。
「娘さんが頑なに拒否をされたそうです」
「……そうでしたか」
あの人は契約を遂行してくれた、と。
「今の仕事が落ち着きましたら、私が良い方を探してみます」
良かった。これで何もなかったように……
日常を送れる。
✽✽✽
「お父さん、お母さん。見て下さい。直くんからのプレゼントです」
日課の挨拶を済まして、俺は仏壇に向かって話し始める。
「あの小さかった直くんが今や自分でお金を稼いで、私に買ってくれたんですよ……」
しみじみと貰った万年筆を見る。
「お二人のお子様は、やはり格が違いますね……」
俺は平気で人に嘘をついて、人生の汚点は抹消する。
「私は……自分の本心がどこにあるのか、どの自分が本当の自分なのかも……もはや分かりません」
色々演じたり、裏工作をしたり。
俺は何者なんだろう。
✽
自室に戻り、机の引き出しを開ける。
これまで弟に貰った宝物が、ここには詰まっている。
「これは、貴ちゃんが幼稚園のときにくれた肩たたき券」
くれたけど、一度も使わせてくれなかった。それもまた貴ちゃんらしい。
「これは、……」
思い出の品を見て、自分の汚さが身に沁みてくる。
……大丈夫。こんなことはこの世界にはゴマンとある。
ビジネスでは俺のような人間も必要だ。
自分に言い聞かせ、心を落ち着かせて、ベッドに潜る。
俺の朝は早いのだから。
心を無にして、ゆっくり休んで、大好きな仕事をしよう。
新規事業の事を考えるとワクワクする。
――今日もとっても良い、一日だった。
✽✽
7月の初め、株主総会も無事に終わり今は仕事は落ち着いている。
「今日、少し早く退社するね」
「はい」
黒崎くんに伝えて、ある程度仕事を片付けて、退社する。
今日はお兄さんが来られる。お礼と結果を伝える日だ。
夜、お兄さんが宿泊しているホテルに出向く。ここで夕飯を共にする約束になっている。
「結仁くん、久しぶりやなぁ」
「ご無沙汰しております。お兄さ……」
お兄さんが来られて、扉の方を向いて驚く。
「こんばんは」「こんばんはー!」
小さな男の子と女の子。そして――
「お初にお目にかかります」
穏やかに微笑んだ女性。
「妻と子供達や」
「あ」
聞いていなかった。まさか一緒とは。俺は自分を何と言えばいい?知り合い?仕事仲間?あとは……あとは……。
お家の恥は晒してはいけない。
「お父さんの弟や」
「!」
お兄さんは何とも無いように堂々と言う。
「知ってはるよー! 叔父さんやん! 聞いてたもん!」
聞いてたって……。
「いつも主人がお世話になってます」
「いえ……あ、その……」
奥様が挨拶をしてくれる。
「結仁くん。お義姉さんや」
いやいやいや、お兄さん。
「何と……おっしゃってはるんですか?」
俺はどういう位置づけなんだ。
「お祖父様の隠し子やろ?」
「どこでそんな言葉覚えはったんや!」
女の子があっけらかんと良い、奥様がたしなめる。
「お腹空いたやろ? 早よ座り」
お兄さんが皆を座る様に促す。
「結仁くん、我が家の決まり事はな〝隠し事はしない〟や。何も心配せんでええ」
「主人からお噂は伺っております」
そう言って、二人は俺に向かってにこやかに微笑む。
……いいのだろうか。俺はこの一族の汚点なのに。
「叔父さんは御歌のご名手やろ?」
(……ん?)
男の子が俺にキラキラとした目を向けてくる。
「お兄さん!?」
「なんや。間違っとらんやろ?」
「御歌のコツ、教えて貰おー!」
「そやなぁ」
「御歌なんてもうやってません!」
男の子が俺に寄ってくる。
生家の屋敷は伝統行事を欠かさない。
和歌を始め、茶道、華道、書道に合気道など……。これらはノルマだった。
「結仁くんは感性の天才やないか」
「あれは……」
何とか、あの屋敷で生き残る為に、必死で身につけたものだ。本を見て、漢字を辞書調べ意味を理解して……。
……我ながら、自分を褒めてあげよう。4、5歳でそれらをやってのけたのだから。
「叔父さん、私これ出来ますー! 見てー!!」
「わぁー。すごいなぁ」
女の子がお遊戯を披露してくれる。(かわいいな)
「結仁くん、甥っ子と姪っ子や」
「なんや複雑な心境です」
直くんと百子さんに子供が出来たら、とてもかわいいだろうな。楽しみが増えた。
「男の子ばかりやったので、女の子は新鮮です」
「私は嫁に出せんわ」
お兄さんは子煩悩ぶりを披露する。幸せそうだ。良かった。
「連れて来はるんやったら、言うてほしかったです」
「そしたら、結仁くん来いひんやろ?」
確かにそうかも知れない。
ただ来るなら……
……今度オモチャを贈ろう。
叔父さんは甥っ子、姪っ子に骨抜きだ。