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第38話 俺の意地とプライド

 

『今日はそっちで晩御飯食べる』


 何事も無かったように仕事をしていたら、直くんからメールが来た。

 なんでも百子さんが友達とご飯に行くから、直くんは実家に戻って来るらしい。


 ぱぁっと俺の気持ちが一気に浮上する。


 キリがついたら、今日はもう帰ろう。続きは明日以降でいい。


 直くんが好きなお寿司を買って、ケーキを買って……それから……それから……。


 ……空の巣になったと思ってたら雛鳥が帰って来た。そんな心境だ。


 嬉しい。嬉しい。




 ……俺はどんなに経済的に圧迫されても、苦しくても、弟二人を手放そうと思った事は一度もない。


 俺は命に変えても弟二人を守り抜く覚悟だった。




 〝お父さんは政略結婚だったお母さんを好きになれんやっただけや〟


 ……お兄さん。それは俺も同じです。



 俺を産んだ人は、俺を好きになれなかった。





 だから、俺を手放せたんだ。





 ✽✽✽


 黒崎くんに小言を言われたが、今日はもう帰る。


 途中、寿司を買って、これからケーキを買う。


「ショートケーキとチョコレートケーキとチーズケーキを」


 あとは勿論


「それと、ミルフィーユで」


 これを言い始めた頃と今とでは俺の気持ちも桑野さんとの関係も180度違う。

 行きずりの人から知り合いへ。知り合いから友達へ。


 そして今は……俺の恋人だ。(半年間限定の。プラトニックだけど)



 足取りは軽い。



 ✽


「ただいまー」


 直くんはもう帰って来てるかな?


「おかえり」


 久しぶりに家にいる直くんを見た。かわいい。かわいい。


「直くんもお帰り。お寿司を買って来たよ。あとはケーキ」

「お寿司とケーキ!」

「貴ちゃんも沢山食べてね」

「うん!!」


 久しぶりに皆が揃った。嬉しい。幸せだ。



「「「いただきます」」」


「はい、直くん」「はい、貴ちゃん」


 キヨさんが作ってくれていた料理も併せて、我が家はパーティーのようにおかずが並んでいる。


 俺はそれを二人に沢山食べて貰いたくて、次から次へと取り分ける。


「お兄ちゃんありがとうー! 美味しいー!! 幸せー!!」


 俺は以前、ずっと空腹で過ごしていた。だから、弟達には腹いっぱいご飯を食べさせてあげたい。


「どういたしまして。まだまだあるよ」


 こうして喜んで食べてくれる姿を見て満たされ、安堵する。


 俺は俺を産んだ人と真逆な事をする事で俺を満たしていく。

 あんな人に俺はなっていないと言い聞かせ、安堵する。


 弟を溺愛して自分の虚無感を埋める。

 俺が感じてきた思いを弟二人には絶対させない。それが俺の意地とプライドだった。


 全て自分のエゴだ。




 ……俺は自分が大っ嫌いだ。




「叔父さんとの食事会と結婚式についてだけど」


 以前の通り変わらず、黙々と食べていた直くんが突然口を開く。


「あ、うん」


 直くんは随分としっかりとして決定事項を教えてくれる。

 大人になった直くんを見れて嬉しいけど、寂しさが込み上げる。


 俺の存在意義がない。俺は用無しだと言われているようでならない。





 一通り、話と食事が終わって今はケーキを食べている。

(俺のは貴ちゃんが食べてるけど)


「兄貴さ、どこか悪いの?」

「え? なんで?」


 朝、桑野さんに言われた通り、小豆とかぼちゃを食べた。

 晩御飯でも食べた。


「病院から出てきたって同僚から聞いたから」

「……知り合いのお見舞いだよ」


 今日のか。やはり誰かに見られていたか。正直に生きるのは中々難しい。時には嘘をつかないといけない。


 それが最愛の弟だとしても。


「二日続けて?」

「親しい人だからね」


 二日共見られていたとは。


 これまで俺が養子である事も、気づくまで隠し通した。

 騙してる後ろめたさと、バレる恐怖との狭間で平静を保って来た。


「それより直くん、この間の資料すごく良かったよ」


 話を変える。俺のメンタルは強い。大丈夫だ。


「それはどうも……」


 あ、照れてる。相変わらずかわいいな、直くんは。



「兄貴、はいこれ」

「何?」

「家賃の代わり」


 直くんは社会人になってから時々こうして俺にプレゼントをくれる。


「ありがとう。直くん。大切にするね」


 今回は家賃の分も含めて、いつもよりいいものらしい。

 いい所の高級万年筆。これは高かっただろう。


 直くんはそれぞれ、貴ちゃんとキヨさんにもプレゼントを渡していた。




「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」

「えっ? あ」


 そうか。どこに帰るのかと一瞬思ったけど、すぐに思い出した。

 直くんはもう巣立ったんだった。


「直くん。車で送るよ」


 もう夜も遅い。何かあったら大変だ。


「いいよ。百子を迎えに行って一緒に帰るから」

「あ、そう」


 ここでお節介をやいたら、二人の間に水を指すだけだ。


「直くん、気をつけて帰ってね」


 帰って行く直くんの背中を見えなくなるまで見守る。

 一度巣立った雛鳥は、立派になった姿を見せに少し巣に戻り、そしてまた戻って行く。

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