第30話 産んだ人の消息
キヨさんの検査入院の結果は異常無し。今はこれまで通りにうちで働いてくれている。
「キヨさん、無理しないで下さいね」
キヨさんがいないと我が家は機能しなくなる。
「坊っちゃん、過保護の行き先が私に来てますよ」
「……」
直くんが結婚して、今度はキヨさんに矛先が向いていると思われているらしい。
「私は末期でしょうか?」
適度な距離感が分からない。俺のいない所で何か起こったら嫌だからつい目を光らせてしまう。
「……坊っちゃんが、人に興味を持つ様になった事が、私は嬉しいです」
「そうですか」
過去を知られてるだけに、恥ずかしいな。
「坊っちゃんも、素敵な女性を見つけて、幸せにならないといけませんよ」
「もう充分幸せですから」
「坊っちゃんが女性を家に連れてくるのを待ちに待って、私はもう随分歳を取りました」
「……」
「生前お嬢、奥様と〝なんて言って出迎える?〟なーんて話をしてたのに、まさか直之坊っちゃんが先とは」
「それはどうもすみません」
なんか責められてるのか?
「これまで浮ついた話も一つもなく、坊っちゃんは青年の皮を被った老人かとも、思いました」
「……段々と言いようが酷くなっていませんか?」
俺ってこんなにもズバズバ言われるキャラだったのか。
「そんなことを言える位、坊っちゃんが人間味溢れるお方になって下さった事が嬉しいんですよ」
「その節はご迷惑おかけしました」
養子に貰われてすぐのときは、まだ生家での感覚が残っていた。まずは敵か。害はあるのか。その害はどのくらいか。
相手の目を見てはそんなことを考えて。心休まる時なんか無かった。
物音一つで目を覚まし、自分に向かって来るのではないかと、息を潜めた。
この家にこんなに長くいるとは思わなかった。
だけれど、他に行くところもない。必死に喰らいついた。会長から渡される課題に必死に取り組んだ。
当時の自分を一言で言うなら……ロボットだな。
感情を持たずに、言われた事をこなす。出来なければ廃棄処分になると、恐れ……。
「私は後悔ばかりの人生です」
あの時こうしていれば。そればかりだ。
「……これからは悔いのないように生きていって下さいね」
キヨさんから励まされる。
「……」
返事は言えなかった。……分からないから。
――ピンポーン
タイミングよく家のベルが鳴る。
「あら、どちら様でしょうか?」
「私が出ます。キヨさんはゆっくりされて下さい」
「郵便でーす」
「ありがとうございます」
書留が届いた。なんだろ?
送り主は……
! お兄さん……。
急に手が震える。キヨさんにバレないように自室に戻る。
これは……分かってる。
中身は探偵の調査結果だ。俺を産んだ人の消息だ。
生きてるのか死んでるのか。どこの誰なのか。きっと……載っているはずだ。
ドクンドクンドクン……
恐い恐い恐い。
知るのも、知ってからも……俺は自分が恐い。
逃げるな。腹を括れ。これは俺の問題だ。
俺が乗り越えなくてはならない壁だ。
もしかしたら、いい方向に行くかも知れない。呪縛が取れて、もしかしたら桑野さんとの――……。
きっと全てが上手く行く。大丈夫。
意を決して封を切る。
A4用紙が束になって入っていた。お兄さんからの手紙も入っていた。お兄さんはプライバシーだからと見てはいないらしい。探偵から貰ってそのまま送ったそうだ。お兄さんらしい。
俺は調査結果をしっかりと読んで行く。
俺を産んだ人が誰なのか事細かに書かれていた。俺を旦那様に押し付けてからの消息も事細かに――
俺を産んだ人は生きていた。
……なんだ。そうか。決定じゃないか。
お兄さんから〝お父さんがな、この子の母親は死んだ〟って聞いた時、実は嬉しかった。
嬉しかったんだ。
俺は捨てられたわけじゃない――
もしかしたら……愛されていたのかも、と。
俺は本当に浅はかだ。救いようがない。
俺は間違いなく、
……捨てられたんだ。