第3話 弟達との食事。過去と未来を考える。
「なんかいい事でもあった?」
あれから家に帰って、家族で食事をしている最中に、上の弟の直之から尋ねられた。
「なんで?」
「……なんとなく、顔がニヤけてるから」
ゲ。顔に出てたか。ポーカーフェイスは得意だと思っていたが、痛いところを突かれてしまった。
「お兄ちゃんはね、久しぶりに俺とご飯を食べられる事が嬉しいの」
「そうだね。直くんと貴ちゃんと食べられて嬉しいね」
良かった、下の弟の貴将に助けられた。
……顔がニヤけてたか。気持ちはもう二度と会うことも無いと落ち込んでいたはずなのに。本音はやっぱり……会えて嬉しかった。
以前はパーティーで会った。その時のことを引き合いに出せば話かけても良かったのかもしれない。
……俺は臆病者だ。
母と姉に囲まれてる彼女に話しかける勇気はなかった。7年前の事だし、もう覚えてもいないかもしれない中で当たって砕けるなんて事は出来なかった。
母親との会話では彼氏はいないようだったけど、ただ母親には言って無いだけかもしれないし……。
あれだけ綺麗でオーラのある女性だ。相手がいない訳が無い。
「お兄ちゃん?」
「えっ。あ、ごめん。どうかした?」
また上の空だ。今日の俺はどうかしてる。
「兄貴のおかず、貴が全部取った」
「お兄ちゃんに聞いたら、無言だったんだもん! 無言は肯定!」
「結仁坊っちゃん、ふりかけか何か持ってきましょうか?」
そんな事が繰り広げられてたとは……。
「いいよいいよ。貴ちゃんが食べたかったならお兄ちゃんの食べてね」
「うん!」
「兄貴おかずないじゃん」
「あ、直くんも足りなかった? 貴ちゃん半分……」
「俺はいいって」
「坊っちゃん、ふりかけどうぞ。明日はもう少し多く作りますね」
「キヨさん、ありがとうございます」
キヨさんからふりかけを受け取る。
「直くん、仕事は最近どう?」
「ふつう」
……直くんの普通の着地点はどこだろう。楽しく過ごせてるか聞きたかったのに。
「普通って?」
「……変わりなし」
「どう変わらないの?」
「……」
答えたくないのか。直くんは秘密主義だ。
大体、百子さんと付き合ってたのを俺だけが知らなかったし。
直くんは色々と俺にだけ隠し事をする。
「お兄ちゃん! 俺ね! 今日ね! 大学でね!」
「うん」
貴ちゃんは何でも話してくれるのに。
いや、直くんだって小さな頃は俺に何でも話してくれてた。いつからこんなに無口になったんだ。
……あ、わかった。百子さんと交際してからだ。
俺がもう、直くんには必要ないんだよなー。きっと。
婚約してるくらいだし。結婚したら一家の大黒柱だ。
直くんが巣立って行く……。
あー、これが噂の空の巣症候群か。……寂しいな。
直くんと貴ちゃんがいるから俺の存在意義があったのに。
これで貴ちゃんまで巣立って行ったら……。
駄目だ。考えるのやめよう。
母親じゃないんだから。空の巣症候群って……。
――〝母親〟か。
〝人の夫に手ぇ付けて挙句あんたさんまでなすりつけるて……、恥を知らんのやろうか! おぞましい!!〟
俺はおぞましい子供だ。呪われた子。いやらしい子供で、憎たらしい子供。
……なんでまた思い出すんだ。生家の屋敷で言われた事を……。
過去は変えられないし、未来を制限されているわけでも無い。
ただ、確かにその通りだ。俺はおぞましい。
不倫の末に出来た子供で、母親は知らない。非常識な親から産まれた呪われた子供。
俺はずっと自分が嫌いだった。俺がいなければ皆が幸せだったのに。
なんで、お父さんとお母さんの代わりに俺が死ななかったんだろう。
……こんな俺が恋なんかしたらいけないし。した所で笑いものだ。
忘れよう。そっと胸の中にしまおう。
俺は自分の血を残せない。つまり、子供を作ってはいけない。不誠実な人から産まれた俺は誰よりも誠実でありたい。それがせめてもの……俺が産まれてしまった罪滅ぼしだ。
恋愛は結婚に繋がる。結婚は子孫を残す事に繋がる。
そんな恐ろしいこと、俺は出来ない。