第29話 猟奇的な彼女
「三井さぁん、早く二人っきりになれるとこ……行こう?」
「すみません急用の電話で。私はこれで失礼致します。ルナさんはせっかくですから、楽しまれて下さい」
「はあ!? 何それ!!」
彼女の怒った声を背中に、慌てて退出する。急いで電話をかけ直さないと。
道路を歩きながら、携帯を取り出す。
(勘違いされてたら、どうしよう……)
ピタリと足が止まる。ふと思った。
(勘違いされてた方が……いいのか)
半年間の関係で更には勝敗が決まる。寧ろこのままの方が、桑野さんが俺に幻滅していいのかも知れない。
今は……何も無かったけど、俺はいずれ浮気もすれば、不倫もする人間になるだろうから。
半年間、抜け出せなくなる前に……今なら。
『……はい。』
「……今、電話大丈夫ですか?」
『そちらは良かったんですか?』
電話の相手は桑野さん。やっぱり弁解したくてかけてしまった。
「知り合いの祝賀パーティーに顔を出しただけで、挨拶は済んだので、今帰っている所です」
『……先程の女性と宜しくやってる最中では?』
「……年配男性が使いそうな言葉ですよ」
『年齢は詐称していません』
「疑ってはいませんが……年齢〝は〟と言われると、他の何かを詐称しているのかと疑ってしまいます」
……少し不貞腐れたような桑野さんの声に、高揚する。
やっぱり、好きだなぁと、実感して。
『教えません』
「そうですか。それは残念です」
『そっちはいいですね。女の人にチヤホヤされて。パーティーなんかそう簡単にありませんよ』
「……婚活パーティーに足繁く通ってたのではないですか?」
『それ、パーティーに含まれますか?』
「はい。男の人にチヤホヤされたんですよね?」
『そんなにモテません。話を盛らないで下さい』
「私は合コンや婚活パーティーなどに行った事が無いので、私の方が不貞腐れる権利があると思いまして」
俺の行くパーティーは全て仕事絡みだ。
『私が不貞腐れてるって事ですか?』
「……そうだといいな、という期待値を込めて」
『女慣れしやがって』
「口が悪いですよ」
『魂の叫びです』
なんだろう。嬉しい。他愛もない話が嬉しい。
「お詫びに……何か今度プレゼントさせて下さい」
『また急に』
「好きな人に喜んで貰いたいだけです。……喜んだ顔が見たいから」
『……』
あれ?無言。
『羞恥の極みです!』
「は?」
急に叫ばれて呆気にとられる。
『そんなことサラリと言わないで下さい!』
「じゃあ……どう言えば?」
『〜〜! お世話になりました。電話切ります』
「えっ!? 何かを用事があったのではないですか!?」
桑野さんの方からかけて来たのに!
『……浮気調査です』
「……本当に?」
『冗談です』
「桑野さんは……テレ屋ですね」
『はっ!!?』
「無自覚でしたか?」
あー。顔が見たい。きっと、赤くなってるはずだ。
『バカにして、面白がっていますね?』
「滅相もない」
急に声のトーンが低くなった。猟奇的な彼女だ。
『なんか……三井さん優位です』
「……そんなことはないでしょう」
寧ろ主導権は常に桑野さんが握っている。
『なんか負けた気がします。悔しいです。』
「では、私はどうしたらいいですか?」
(本当に、プライドの高い人だな)
電話をしながら、歩いて帰る。その足取りはいつもより軽い。
なんだか……楽しい気持ちだ。
『……考えておきます』
今度は急に声が小さくなる。こんなにコロコロと感情を表す人とは思わなかった。……嬉しい誤算だ。
「……俺は桑野さんが初恋の人ですよ」
『……はあっ!!?』
「おかしいですか?」
誤解されないように伝えただけなのに。
『……私は三井さんの口車に乗らない様に自分を律して頑張ります』
「私が詐欺師のようではないですか」
中々、信頼を得るのは難しいようだ。
『これまでの人生、何をされてらっしゃったんですか?』
これまでの人生……か。
「会社を大きくするというお役目を果たすために必死に勉強して、弟を大学まで卒業させる為に必死に働いてきました」
遊んでもいなければ、彼女を作った事も無い。桑野さんは俺という人間を誤解している。
「都会の……熟れてる男ではなくて幻滅しましたか?」
『! そんなことはありません!』
すぐさま否定してくれる。良かった。
「私は暴露しましたよ。桑野さんも何か暴露しないとフェアではありません」
この前の桑野さんの言葉を借りる。
『……私は初めて三井さんとお話させて貰ったとき、お金と地位に目が眩みました』
「は?」
〝CEO! すごいですね!〟
……彼女と再会したパーティーで話した時を思い出す。
『強欲な女です。直感、外れました?』
「……そんなに勝負に勝ちたいですか」
うん、ギャップ。あの穏やかーな見た目はどこに行ったんだ。
『勝負と言われれば勝ちたいと思います。けれども、先程の事も本当です』
「私の良い所はお金と地位ですか」
なんか、なぁ。
『これでフェアと言う事で宜しいですか?』
「律儀な人ですね」
〝金持ってりゃ……〟塚本くんに言われた言葉をふと思い出した。
『幻滅した際はそこで、勝負ありです』
「幻滅はしませんよ。落ち込みましたけど」
先程の女性陣からも〝すごい〟と言われた。桑野さんの言葉と同じだ。
「桑野さんから言われた時は、寧ろこれで釣れるかな、と思いましたから」
『……腹黒かったんですね』
「幻滅しましたか?」
『人間味があって好感が持てます』
桑野さんは変わってる。
俺も、よく穏やかそうと言われる。怒った事ないだろ?とも言われた。
あれ?なんだ……。俺も桑野さんと一緒か。
「お互い、穏やかそうに見えて、内面は違いますね」
『私達はよく似てますね』
うん、本当に。
ちなみに弟直くんも怒った事ないと思っています。
直くんとももちゃん〜の『短編 そのワケを知りたい』にて!
宜しければ(*^^*)