第27話 一生分の笑顔が見たい
「お兄ちゃん、ももちゃんからメール来てね。直と仲良くやってるみたいだよ」
「そっか。良かった」
俺は百子さんの連絡先を知らないけど、貴ちゃんは交換していてよく連絡を取り合っているようだ。
(俺が直接百子さんと連絡を取ると、直くん嫌だろうし)
「直が何でもしてくれるって!」
「……そう」
ほら、これ。ここがこの夫婦のお父さんとお母さんに似てる所。
お父さんの惚れた弱味か、二人が仲良くしている時はお父さんがお母さんの世話を焼いていた。お母さんはニコニコと笑っていただけだ。
百子さんがお母さんと似てる所はココなんだよな。
それと引き換え……俺と桑野さん。
ココはお父さんとお母さんがケンカしている時だ。
怒っているお母さんになす術がなくオロオロと謝り倒すお父さん。なんか……嫌な所が似てるな。
うーん。
「直のやつ! 俺には厳しい癖にさー!」
「直お兄ちゃんは優しいよ。」
確かに、直くんは特に女性に優しい。お母さんの教育の賜だ。
お父さんとお母さんがケンカを始めたら、お母さんは直くんに必ず呪文を言う。
〝直くん、女の人には優しくしようね〟
お父さんがはっきりと聞き取れる位置で。そして必ず聞こえる様に。
素直な直くんは、あれがお母さんがお父さんへの当てつけとは思っていない。
〝うん! 分かった!〟
お母さんのブラックなオーラに圧倒され、赤べこのように首をカクカクと振り、頷いていた。(……かわいいな。直くんは)
それを聞こえる場所で聞いていたお父さんは、いつも俺を縋る様な目で見てきた事を思い出した。
そう、俺は夫婦喧嘩の中間に立たされ仲介役を請け負っていた。
〝奥様、旦那様が大層落ち込んでおいででしたよ。流石に私も不憫かと思います。許して差し上げてはいかがですか?〟
これをお母さんに言いに行くのが俺の役目だった。
(一年のほとんどはイギリスにいたのに、何故か夫婦喧嘩の遭遇率は高かったな。……俺が疫病神だからか?)
✽✽✽
「三井くん! 俺、彼女出来たよ! 相手は女優!」
「それはおめでとうございます」
若手経営者が集うパーティー。俺のように二世、三世の経営者も入れば、一代で築き上げた人もいる。
今話している彼は後者だ。
「財を築いて、会社を上場させて……そうなれば後は女だ! 俺にもようやくステイタスのある彼女が出来たよー!」
「一代で築き上げるのは並大抵の事ではありませんからね」
商才のある彼の審美眼には毎回驚かされる。俺も彼から吸収したい。
「だからさ! 今度俺の彼女のお披露目会も含めてパーティーするんだ! 三井くんも来るだろ!?」
「お招き頂きありがとうございます。是非参加させて頂きます」
「三井くんにも女がいるだろ? 彼女に良い子連れてくるように言っておくから!」
「いえ、私は……」
あ、俺もう彼女いるんだっけ。桑野さんと付き合ってるんだった。全然実感ないけど。
「あー、独身貴族か! じゃあ一晩遊べる子だな!」
「……お相手の女性とはどの様に知り合われたのですか?」
話を変えよう。
「友達の知り合いの知り合いの知り合いから食事セッティングしてもらってさ! そこから連絡先交換して、後はプレゼント攻撃!」
「なるほど」
「やっぱりプレゼント攻撃は効いたわー! 豪華なもん贈ると目がハートになってたからな!!」
「プレゼント……」
「そう! クルーズディナーとか、ブランドバッグとか!」
そうか。プレゼントか。俺も、桑野さんに何か贈ろう。
半年後、後悔しないように。俺の一生分の気持ちを贈ろう。
半年後、俺は一人なんだから。
それまでに、一生分の桑野さんの笑顔が見たい。