第21話 仕事以外の仕事
「おはよう」
「おはようございます」
翌朝出社した。叔父さんに絶対に忘れないように、直くんの件を伝えないと。
「今日、社長は?」
「10時出社予定でございます」
「10時か……」
ちょうど来客の予定と重なる。
「黒崎くん、来客が帰ったら俺に〝社長!〟って言ってもらってもいい?」
「……それは仕事ですか?」
「一言じゃん……」
「それはパワハラですよ」
「すみません」
「……分かりました」
「ありがとう、黒崎くん。助かるよ」
黒崎くんは公私をきっかりしっかりはっきり分けるタイプだ。
来客が帰り、一息。
――コンコン
「失礼致します」
「あ、コーヒーありがとう。ご馳走様でした」
秘書課の木崎さんがコーヒーカップを下げに来てくれた。
「CEO、私前に言ってた彼と結婚する事になりました」
「結婚するんだ。それはおめでとう」
前に言ってた?誰だっけ?えーっと……
「CEOが〝行動力があってかっこいい〟とおっしゃって以来、彼の嫌な所より良い所に目が行くようになりました」
「そうなんだ」
あ! 思い出した。給湯室の件だ。
「なので、CEOも頑張りましょう! 直くんに先を越されても気にしちゃ駄目ですよ!」
「……ありがとう」
俺の周りは結婚ラッシュだ。おめでたい。
「木崎さん、おめでとう。末永くお幸せにね」
結婚の決め手って何なんだろう。
「この人だ!」って思うのかな。……付き合っても別れる事になる人もいるし、結婚しても離婚する夫婦もいる。
俺は桑野さんの事が好きだけど、最終的にどうしたいのか……それは全くわからない。
「〝社長〟」
「! っびっくりしたー」
黒崎くんに急に近寄られ声をかけられた。
「ノックはしましたよ? 生きてらっしゃるようで安心致しました」
「……棒読みやめてよ」
自分の世界に入るクセは改めよう。
「伝えましたからね」
「何を?」
何かあったっけ?
「〝社長〟。二度も言わせないで下さい」
「……あ」
俺は本当に抜けてる。言われないとまた忘れるところだった。
「黒崎くん、ありがとう。ちょっと社長室に言ってくるよ」
「……行ってらっしゃいませ」
叔父さんに直くんの結婚前の食事会を!
――コンコン
「誰だ」
「私です。今、お時間宜しいでしょうか?」
「入れ」
「失礼致します」
扉をあけて中に入る。物は……飛んでこなかった。
「おい!! あの丸顔はなんだ!」
「丸顔……でございますか?」
いきなり言われても全く見当がつかない。
丸顔……誰が? 俺の顔が腫れてるとか?
「まん丸とした緊張感の無い顔はなんだ!!」
えっ! そんな顔まで否定されてもどうしようもないんだけど!
「……社長とお会い出来る機会にはいつも背筋を正しております」
その通りだ。今だってそうだし。
「何の話だ!?」
俺の台詞だよ!
「……社内においても常に緊張感を持って職務に取り組んでおります」
たまに自分の世界に入るけど。
「緊張感を持っているやつが宝石を持ってるものか!!」
「宝石ですか?」
駄目だ。分からない。宝石を職場に持って来た事はないけど。
「もういい。下がれ」
「は?」
「下がれと言っているのが聞こえんのか!!」
「……申し訳ありません。失礼致します」
食事会の話が……。食事会の前に直くんの入籍が先になってしまう。まずい。何とかして丸顔と緊張感の謎を解かないと。あ、あと宝石か。
……仕事以外の仕事が増えていく。