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第20話 誠実な人間

 

 もうこれ以上、俺を産んだ人達の話は聞けない。


「お、お兄さん。あの……そや、お屋敷の皆々様はご健在でございますか?」


 お兄さんの話を折ってしまった。あの屋敷に住んでた人の今になど興味はないが。


「……お祖母様は亡くなったんや。10年前に」

「そうでしたか……」


 大奥様は亡くなったのか。確かに、俺の記憶でも既に若くは無かった。


「ご病気でな。あっという間やった」

「……御愁傷様にございました」


「自分が与えたものが受け取るもの。その通りやなぁ」

「……」

「お祖母様もいい死に方やないわ。苦しそうやったし。確かにな、全てが責められるべきや無い。お祖母様もお祖父様を早くに亡くされて、必死にお家を守って来た身や」

「はい。分かります」

「嫁のお母さんにもそれはそれは厳しかったなぁ」

「……」

「あの家で皆が窮屈に暮らしてる。それやけど、皆、想いは同じや。先祖代々続くお家を〝守りたい〟その一心やった」

「はい」


 その重圧はどれほどのものか。それを今、お兄さんが引き継がれている。


「お父さんが他所に逃げる気持ち、結仁くんに分かるか?」

「……分かりたくありません」


 色んな意見を聞いて自分の見識を広げるのはとても大事だ。それは分かってる。……だけど、この気持ちは知りたくない。


「私も、お父さんの血が流れてるから、自分が結婚して子供が出来たら……お父さんみたいになるんやなかろうかと思ってな」

「お兄さん……」


 お兄さんも俺と同じ事を思っていたのか。


「私の場合は真逆やったわ!」


 お兄さんが急に楽しそうに笑う。


「嫁がいて、息子がいて娘がいて。一日の終わりは毎日愉快や」

「それは、とても良かったです」

「お母さんは小言言うんや。嫁に。我が家は嫁姑問題の最中や」

「それは……」


 大奥様と正妻の言い合いはとてつもなく激しかった。女性同士。言葉の圧が凄かったのを記憶している。


「私は間に入っていたたまれんわ。そやから、お父さんの気持ちもわかる」

「……」

「そやけど、いがみ合ってる家でも帰らんという選択肢は無い。嫁と子供に早よ会いたいんや」

「お兄さん」


 やっぱりお兄さんは誠実だ。一家の主としての器がある。


「お父さんは政略結婚のお母さんを好きになれんかった。結仁くんのお母さんの方が大事やっただけや」


 俺はそれがどうしても納得出来ない。


「まぁ、私も、子としては複雑やけどな」


 結婚したら、妻子を大切にするべきだ。例え、そこに何か事情があったとしても。



 そうしたら……俺みたいな子供は産まれていない。




 ……俺はやっぱり結婚は出来ない。したくない。

 未来は分からない。それが家庭になると恐怖になる。

 俺は俺みたいな人間を増やしたくない。


 そして俺も相手を裏切るような人間になりたくない。……相手にも裏切られたくない。


 だけど、俺は分からない。

 〝永遠〟がないのを分かっているのに、それを受け入れられない。


 ちょうど、桑野さんとの食事も終わる。



 これはきっと……これ以上深みにハマるなという宇宙からの警告だ。





「結仁くんは私によう似てるから、結仁くんは家庭第一人間になりますやろな」

「……え?」


「結仁くんが自分の子供を溺愛してるのが目に浮かぶわぁ」

「そんなことには……」


 なりません。とは言えない。


「結仁くんと結婚するお嬢さんは幸せやな」

「……」


 お兄さんと似てると言われると、そこから先は否定出来ない。お兄さんを否定する事になるからだ。


 お兄さんの言葉に、これまで幾度となく救われてきた。


 また……


 今回も。



 ずっと憧れてきた〝幸せな家庭〟を俺は夢見てもいいのだろうか。


 許されるのだろうか。



「結仁くん」

「はい」


 お兄さんが真剣な顔つきに変わる。


「今、分かっているのはこの位や。探偵がもう少し詳しく調べよる」

「いえ……もう」

「お父さんの事、恨んでないなら聞けるやろ?」

「……」


 聞きたくないというのは裏を返せばそういう事になる。


「全部洗いざらし知って、それからどうするかは結仁くんの自由や。お父さんは病院で寝たきりやから、どうにでもしたらええし。母親の消息が分かったら、それも結仁くんの好きにしたらええ」

「……」

「結仁くんの足枷になってるもんは、早いうちに取り払わなな」

「……はい」


 確かに仕事で成功するのは軽やかさが必要だ。それは心を指す。幼少期にわだかまりのある俺は重い。

(……塚本くんほど軽くなりたいとは思わないけど)


「今度、屋敷にも帰っておいでや。家族に結仁くん紹介したいんや」

「……それは出来ません。お兄さん、申し訳ありません」


 〝二度と屋敷はおろか、この京都の地も踏むんやないで!!〟


「私は……一生、京都の土を踏むことはありません」


 これまで、仕事で京都に行かなければならない時もあったけど、何とか掻い潜って来た。

 大奥様に言われたからじゃない。俺が……嫌なんだ。



「……そうか」



 お兄さんはそのことについてはもう触れなかった。

 他愛もない話をして、楽しい一時を過ごした。


 お兄さんの様な兄になりたいと、お兄さんと過ごした過去の記憶を探っては直くんと貴ちゃんの前で実践してきた。

 お兄さんと半分は血が繋がってるのだから、と。


 〝私と結仁くんは似てる〟



 そうか。元から俺とお兄さんは似てたのか。


 だったら俺も、お兄さんの様な誠実な人間になれるだろうか。家族を裏切ることなく、家庭を守れるだろうか……。




 わからない。


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