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第19話 俺を産んだ人

 

 午前10時、キヨさんの退院に合わせ病室を尋ねる。


「坊っちゃん、ありがとうございます」

「いえ、お変わりありませんか?」


「ええもう! 寧ろお話が弾んで弾んで! 旅行に来た気分です」

「そうですか。それなら良かったです。荷物はこれだけで良いですか?」

「はい」


 キヨさんの荷物を確認し、退院の手続きをする。


「お世話になりました。もし宜しければ娘さんと召し上がって下さい」

「まぁー。こんなにして頂くと逆に恐縮してしまいます」


 ついついお節介心に火が付いて、同室のお婆さんとガリガリだった娘さんと食べれるよう老舗の佃煮屋のセットを渡す。……迷惑かもしれないけど。


「退院されたらまたお茶でもしに行きましょう! 娘さんも一緒に!」


 キヨさんが声をかける。退院出来そうな病気なのかな?

 入院してる人に病状は聞きづらい。治らない病気で入院している人もいるからだ。


 だけど、検査入院のキヨさんと同室な位だし、そこまで悪くないのかもしれない。


「ぜひ家にもいらして下さいね。お大事になさって下さい」


 何で入院してるのかは分からないけど、未来の話が出来るようなので俺も意向を伝えた。


 それから、キヨさんを車で家まで帰り、俺はいつものように会社へと歩いて家を後にする。





 ✽✽✽


「今日、社長は?」

「お休みでございます」


 叔父さんに昨日の話をしようと思ったら休みだった。……明日、忘れないようにしないと。


「俺も今日は昼過ぎにはここを出るけど、大丈夫?」


 今日は一ヶ月ぶりに、お兄さんに会う。


「それは前々から伺っておりますので。……あと、新規事業の件ですが」

「ああ」


 ビジネスモード。仕事は抜かりなく。

 一通り仕事の話を進めて、俺は以前と同じ料亭へ向かう。




 俺を産んだ人。それがどんな人か、今日分かるかもしれない。


 鼓動が速くなる。



 緊張?


 興奮?


 歓喜?



 ……いや、どれも違うな。

 ただ、ずっと得体のしれない俺の……自分のルーツが分かるかもしれない。



 それは……



 …………恐怖だ。






 ✽✽✽


「お連れ様がお見えになりました」


 その言葉を合図に俺は頭を下げる。


「結仁くん、久しぶりやなぁ」

「ご無沙汰しております。……お兄さん」


 一ヶ月ぶり。少し砕けた雰囲気だ。俺は頭を上げる。


 本題の前に、


「お兄さん、お祝いが遅くなり申し訳ありません。ささやかではございますが、ご結婚並びにご子息のご誕生、誠におめでとう存じます」


 結婚祝いと出産祝い×2。今更渡しても良いものか、ましてや大奥様や正妻のいるお家に持って帰れるか分からず……結果、金券。


「なんや、気ぃ遣わせたなぁ」

「いえ、気持ちばかりでございます。宜しければ、お納め下さい」

「ありがとう。お心遣い、感謝致します」


 ……早く聞きたいような、まだ……出来るなら聞きたくないような……。


「……結仁くん」

「はい」


 お兄さんが神妙な面持ちで話しかける。つい、背筋を伸ばす。


「何から……話しましょうかねぇ」

「……」


 言いづらそうなお兄さんの雰囲気を見て、言葉が出ない。


 お兄さんに迷惑をかけた。

 お兄さんが言いづらそうにされている。

 お兄さんがご心痛なさっている。

 俺の血がどうなっているのか。


 俺を産んだ人は……?






 男には腹を括らなくてはならない時がある。

 これまで、もう何度となく恐れと恐怖の皮を剥いできた。


 俺のメンタルは強い。大丈夫だ。


「結仁くんのお母さんな、学生さんやったそうや」

「……はい」


 いよいよ、来た。



「お父さん、ほら、大学教授やったやろ?」

「はい」


 俺はあの人を父とは言わない。俺にとって一家の主……旦那様だ。


「結仁くんのお母さんはその時の……生徒さんやったそうや。」

「……」


 ……最悪。やっぱり聞きたくなかった。自分の生徒に手を出す男と、学生で子供を産む女。


 気持ち悪い。吐き気がする。




「……お兄さん、この度はほんに申し訳ございませんでした。私のせいで、お兄さんのお父さんを汚してしまいました」

「結仁くん……」

「お兄さんに悪い噂がたつんやなかろうか」

「結仁くん」

「どのように、お詫び申し上げれば宜しいやろか」

「結仁くん!」


 お兄さんに少し強めに名前を呼ばれ我にかえる。


「……結仁くんのせいやないやろ?」

「いえ、一重に私にございます」


 俺の存在が……お兄さんの家庭を壊した。

 正妻だけでなく、なぜ自分の息子の子供のはずの大奥様まで俺を目の敵にしたのか……、ようやく理解した。



 俺の存在が先祖代々続く、歴史ある由緒正しい旧家の御紋を汚しているからだ。



 俺の存在は旦那様の不貞の証。それが他所に知れ渡れば一家の恥として知れ渡る。だから、俺を実子では無いように扱う事で、お家の恥の上塗りを防いでいたんだ。


 俺が…住み込みの使用人の子供に見える様に。



「結仁くん、自分を責めてるんか?」

「……」


 お兄さんは優しい。ここで〝はい〟とは言ってはいけない。


「結仁くん。こっち見てや」

「はい」


 お兄さんが真っ直ぐ俺を見ていた。


「結仁くんの方が……被害者やろ?」

「……私は被害者やありません」


 自分を憐れむのは嫌だ。


「私は……被害者やありません」


 やっぱり、お兄さんに調べてもらうべきじゃ無かった。

 もう風化してる事を穿り出して、お兄さんに傷を付けた。




 あの当時……俺に一番良くしてくれたお兄さんを……俺が一番傷つけてる。




「私のオヤジはとんだ不届き者ですねぇ。どない落とし前をつけてもらいましょか。結仁くん、なんがええ?」

「……え?」


 品行方正なお兄さんらしからぬ言葉に呆気にとられる。


「教え子に手ぇ出して、その方に対して責任も取らんと、結仁くんと引き剥がして、お祖母様にもお母さんにも詫びもせんで、父親として結仁くん守る事もせんで……そら、地獄にも落ちますわ」

「お兄さん……」


「……お父さんな、今、病に伏せってる。もう……長くはないそうや」

「……そうでしたか」


 言葉は無い。あの人が死のうが生きようが俺には関係ない。


「長年の恨みつらみは今のうちや」

「お兄さん……」


 人は恨んではいけない。全ての糧に感謝があるから、社会的に成功する。恨みを昇華出来た時に、幸運の女神は微笑む。


 知り合いの大富豪から聞いた話だが、確かにその通りだと思った。


 過去のことより、直之と貴将を大学まで卒業させること。

 それが頭の中を占める様になったとき、俺は筆頭株主になった。


 だから俺は誰も恨んではいない。どんな人にでも感謝する。……難しいけど。


「お兄さん、私は誰も恨んではおりません」

「……」

「旦那様とは……後にも先にも会う予定はありません。お見舞いにすら行かへんこと……お許しください。」



だけど……二度と、京都の土は踏まない。これだけは譲れない。

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