第18話 我が家の出来事
「キヨさん。具合はどうですか?」
「あら、坊っちゃん。早かったですね」
夕方。急ぎの仕事を終わらせてキヨさんを見舞う。同室の女性と仲良くなったようで、仕切りのカーテンを開けて向かい合って座っていた。
「息子さんですか?」
お母さんの姉の様な存在だったキヨさんの実年齢は知らない。女性に歳は聞けないし。見た目も年齢不詳。60歳前後といった所か。そうなれば俺とキヨさんは親子に見えることだろう。
「恐れ多い! こちらは私の勤め先のお坊っちゃんですよ!」
「お世話になっております」
なんかちょっと違う気もするけど……。
「まぁー。ご立派なんですねぇ。」
同室の女性は気立ての良いお婆さん。いい人そうで良かった。
「こちら、もし宜しければお二人で召し上がって下さい」
「まぁ坊っちゃん、申し訳ありません」
食事制限があるかもしれないので、日持ちするゼリーにした。これなら、同室の女性が食べられなくても家族に渡すことも出来るだろう。
「お母さん、具合どう?」
もう一人女性が入ってきた。あ、この女性は……
「あ! あの! 今朝はありがとうございました!!」
「いえ、たまたま通りがかっただけですので」
キヨさんと同室の女性に経緯を話す。朝会ったメンテナンスの女性はこの同室の女性の娘さんらしい。
母親の病院代を稼いでるのか。こんなにやせ細ってて。
〝ゴミ拾いがお似合いだ〟
どんな仕事でも、その人が誇りを持ってやっていれば、敬意を払うべきだ。
「もし宜しければ、お嬢様もご一緒に召し上がって下さい。私はこれで。キヨさん、また明日、退院のお手伝いに来ます。お大事に」
検査入院は一泊二日。結果はすぐにでないけれども明日には退院出来る。
病院を後にして、俺は弟二人が待つ家に急ぐ。
✽✽✽
「お兄ちゃん! お帰りなさい!!」
「貴ちゃん、ただいま」
貴ちゃんに出迎えられる。
「直お兄ちゃんは?」
「さっき帰って来て台所で料理始めた」
「貴ちゃん、直お兄ちゃん疲れてないかな? 大丈夫かな?」
年度末で直くんは忙しい。昨日も残業で夜遅かった。入社一年目でなれないことも多いはずだ。
「直、相手してくれないから暇でゲームしてた。お腹ペコペコ。お兄ちゃん、直に早くするように言って」
「……ちょっと見てくるね。貴ちゃん、ゲームは一日二時間だよね?もう片付けよう」
慌てて台所に直くんを見に行く。
「あ、おかえり」
「直くん、ただいま。大丈夫? 手伝おうか?」
昔、風邪をひいた小学生の直くんにお粥を作ろうと、人生で初めて料理をしたら……焦げた。以来、キヨさんに料理はしなくていいと言われてここまで料理をしたことはない。
手伝いになるかな?
「いい」
「何をしたらいい?」
「だから、いいって」
〝いい〟って肯定だよな?
「取り敢えず、着替えて来て」
「……」
肯定じゃなかったのか。
✽
着替えて降りるともうご飯は出来ていた。
「直くんすごいね」
ご飯に味噌汁に漬物にアジの開き。大根おろしまで付いている。
「お兄ちゃん! 早く食べようよ!!」
「そうだね。直くんありがとう。いただきます」
「「いただきます」」
席に付き、食べ始める。
すごいな、直くんは。半年でここまで出来るようになるとは。俺なんてお粥すらまともに作れないのに。
……。
「あ!」
危ない。またうっかりしていた。
「何?」
「直くん、まだ叔父さんに報告してなかったから今度、百子さんも一緒に叔父さんに結婚の報告をしたいんだけど、時間取れそう?百子さんにも聞いてみて」
「……聞いてみる」
あとは親族の顔合わせも兼ねて食事会を……。
「百子さんのご両親には俺から連絡しとくけど、叔父さんを連れて食事会をしようね」
「……百子の親族は東京じゃないから結婚式の時にサラッと顔合わせするつもりだったんだけど。うちだけ叔父さん連れて食事会するの?」
「……それはまた叔父さんに聞いてみるよ」
納得してくれるかな。
「俺のことだから、兄貴が動かなくていいって。叔父さんに連絡してなかったのも俺が結婚式の日取りが決まってからにしようと思ってしてなかっただけだから」
「お兄ちゃんは直くんの保護者だからね。こういう事はお兄ちゃんが率先してしないといけない事だと思うよ」
俺がすっかり叔父さんの事を忘れていたのが発端だし。
「俺もう成人してるし」
「それでも保護者は保護者だよ」
お父さんとお母さんがずっとお父さんとお母さんのように。
「お兄ちゃん、キヨさんどうだった?」
「元気にしてたよ」
珍しく大人しかった貴ちゃんがようやく話しだした。貴ちゃんは空気を読むのが得意だから、このままだと直くんと終わらない話が続くと思われたんだろう。
直くんに任せると叔父さんにはご納得頂けないだろうし。
「叔父さんにお兄ちゃんと直くんと百子さんで挨拶に言って、そこで食事会の話をしようか」
「……」
妥協案。お互いの言い分を纏めた。