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第17話 俺は抜けている。

「CEOがご不在の間、社長が随分ご立腹の様子で……」

「……なんかあったっけ?」

「内容までは伺っておりません」


 俺がいない間に叔父さんがかなり怒っていたらしい。

 いつもの事だけど、やはり気になる。


「取り敢えず、社長の所に行って来るよ。報告ありがとう」


 着いて早々、俺は社長室に向かう。



 ――コンコン


「はい?」

「私です。今、宜しいですか?」

「入れ」

「失礼致します」


 扉を開け、中に入る。

 ……と。


 ――ビュンッ! ガッ!


 ボールペンらしきものが投げられた。俺は慌てて避けて壁に当たって落ちたボールペンを拾い上げる。


「貴様、私に言う事があるだろう」


 確かにかなりご立腹だ。なんか言う事……。なんだっけ。

 ここで答えられないとまた難しい問題に発展するのに。


「……ボールペンをお返し致します。」


 少し、時間稼ぎ。歩を進めて、社長の机の上にボールペンを持って行く。


 言う事……。なんだっけ。俺は抜けてるのは自覚してる。えーっと……。


「貴様が触ったボールペンなど使えるか!! 捨てておけ!!」

「……では私が頂戴致します。ちょうどボールペンが欲しかったものですから。ありがとうございます。大切に使わせて頂きます」


 叔父さんはご存知ないらしい。どんなに高い地位にいようと物を乱雑に扱い、大切にしない人はいずれ自分に返ってくる。

 知り合いの社長から聞いた話だが、的を得ている。そういう人間も見てきた。


「直之くんが結婚するそうじゃないか」


 あ。これだ。確かにうっかりしてた。


「はい」


 これは怒られても仕方ない。確かに叔父さんに報告するのを忘れてた。


「おっしゃる通りです。ご報告が遅くなり、大変申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げる。これはまずい。失敗したなー。


「他人の貴様が知っていて、何故親族の私が知らんのだ!!?」

「ご報告が本日になりました事は一重にお詫び申し上げます。私の至らぬ部分でございます。申し訳ございませんでした」


 叔父さんを蔑ろにした訳ではない。けど、確かに忘れていた。言い訳はしない。


「お前に代表は勤まらん。今すぐ退け」


 仕事とプライベートがごっちゃになっている。あくまで直くんの結婚はプライベートだ。


「……直之に直接、叔父さんに挨拶に伺うよう伝えておきます。いずれ、相手側のご家族ともお会い出来る機会を整えますので。そこで結婚式の日取りを……」

「噂を人づてに聞いた気持ちはお前には分からんだろう。」


 確かに。俺か直くんからの口から伝えるべきだ。直接聞かないと叔父さんもショックだよな。


「申し訳ございませんでした。私のミスです。それ以外にありません」


 謝るしかない。直くんに百子さんを連れて叔父さんの家に行くよう伝えよう。


「噂によれば、うちの社員だそうじゃないか!? 直之くんに初めから重役ポストを用意しておかないから、金に目の眩んだ低俗な輩に騙されるんだ!! お前のせいだぞ!! 貴様の教育がなっとらんのだ!!」


 ……そこからか。


「直之と婚約者の女性……百子さんは幼稚園から同じで、長い交際期間を経ての婚約でございます」


 さっきの叔父さんの言い方だと、いずれ社長になる直くんが百子さんに騙されたみたいじゃないか。


「そんなに早いうちからの仲なら芽を積む時間は山ほどあっただろう!! 直之くんは社長になる身だぞ!! 然るべき相手というのがあるだろう!!」

「直之が選んだ女性です」


 叔父さんの言う〝然るべき相手〟とは我社のプラスになる人間を指しているのだろう。


「私は直之を信頼しておりますので、直之が選んだ女性であれば間違いは無いと思っております」

「……直之くんはな、兄さんに似て人が良いんだ」

「はい」

「兄さんのように我慢を強いる結婚生活だけは送らせたくない!! ……貴様にはわからんだろう!!」


 お父さんの我慢を強いる結婚生活か。叔父さんは知らないしな。傍目から見ると確かに我慢しているように見えるか。俺みたいな養子も無理やり押し付けられた訳だし。


「……旦那様と奥様はとても仲睦まじくお幸せに暮らしておいででした」

「話を作るな!!!」


 ―――ガッ!!! バサバサバサ!!!


 ……今度は書類が降ってきた。叔父さんが机を叩いたからだ。


「……後三日やろう。その間に、婚約は破棄させろ。直之くんには私が良い人を連れてくる」

「お約束は出来ません。お心に添えず申し訳ございません」

「ぬけぬけと……!!!」

「後日、直之にはきちんと挨拶に出向かせます。ご報告が遅くなりましたのは私の責任です」


 落ちた書類を拾っていく。


「貴様はそうやってゴミ拾いするのがよく似合うな。転職したらどうだ」

「……私の進路を案じて下さり、ありがとうございます」


 書類を叔父さんに渡す。


「ゴミと言ったはずだ。貴様は耳が悪いのか」

「……ではこちらで処分致します」

「もういい。下がれ」


 ようやく社長室を後にする。


「お忙しい中、お時間頂きありがとうございました。失礼致します」


 家に帰ったら忘れないように直くんに伝えないと。







「……また随分と派手にやられましたね」

「そう見える?」


 自分の部屋に戻る途中、黒崎くんに話しかけられた。


「そちらは?」

「あ、これシュレッダーにかけといてって社長から頼まれたんだ」

「……私が部下に頼みます。CEOはそれより溜まった書類に目を通して下さい。各部署の業務が滞りますから」

「……ありがとう」


 黒崎くんに持ってた書類を渡す。


「忘れる前にメモするようにはしてたんだけど、難しいね」

「CEOはおっちょこちょいなんですよ」

「それ。この前、貴ちゃんにも言われたよ」


 海外出張の当日、パスポートを忘れて貴ちゃんが空港まで持って来てくれた。


「仕事は抜かりなくやっていると思いますよ?」

「黒崎くんに褒められるなんて嬉しいな」


 珍しい。


「社長からお灸を据えられたあとは流石に私も気を使います」

「あー。気を使わせたね」


 防音対策はしてるけど、物音はかなり大きかった。


「ありがとう。戻って仕事するよ」


 日常茶飯事。このくらいでは俺はびくともしない。


 それよりも、今度は俺のせいでお母さんが悪く言われた。

 ……俺はどこに行っても疫病神だ。

 俺がいなければ、お父さん、お母さん、直くん、貴ちゃん。誰が見ても幸せな家庭だったろうに。

 俺が早々に養子になったから……


 駄目だ。こんな事を考えてはいけない。

 落ち着け。これから先はいい事しか起こらない。


 自分に言い聞かせて、仕事に戻る。

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