表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
162/163

ネガティブは二人で飼い慣らす


俺の奥さんは定期的にネガティブになる。


「10年前に私にときめいてたら、その時声をかけて欲しかった」


ソファに体育座りで座り顔を膝に埋め、呟いた。


「そしたら私はその10年間、惨めな思いも悲しい気持ちも辛さも……あんな思いしなくて済んだのに……!」

「……」


俺は取り戻せない過去は語らない。過去は未来の成功に対する過程としか思わないからだ。


あの過去があったから、今がある。

そして、あの過去があったから幸せな未来がある。


これが俺の指針だ。




「私、子供8人欲しかった。もう今からじゃ8人産めない。あと数年でも早かったら……」


段々と涙声になってきた愛ちゃんにかける言葉を探すが、どんな言葉が愛ちゃんに届くのか分からない。


「ごめん……」


結果、俺は立ち尽くしたまま謝るしかできない。


「はぁ!? 何謝ってんの!?」


弾かれたように愛ちゃんが俺を見つめる。その目は涙目で、俺は益々どうしたらいいのか分からない。


「私は最近の結ちゃんしか知らない! 10年間の結ちゃんを知りたくても、もう取り戻せないじゃない!!」

「……」

「私は20代の結ちゃんを知りたかった……。知れるチャンスがあったのに……! あのケーキ屋さんで私が声をかけておけばよかった! 若い結ちゃんにも触れたかったよ!!」


段々と声が大きくなってきた。しかし戻れないことを言われても、俺は解決策を提示できない。


「ごめん。俺はどうしたらいい?」


過去の後悔は今が不幸だと感じると湧いてくる。

つまり、今、俺が愛ちゃんを幸せにできていないということ。


愛ちゃんが過去を後悔する隙もないほど、満たしてあげたい。


しかし、


「知らない!! 出てって!!」


今の俺には出ていくことしかできないらしい。


扉の方に向かう。


……と。


バフンッ!


「おぉっ……!」


勢いよくクッションが俺の横スレスレをかすり、扉に当たった。


「ち、愛ちゃんはコントロール力抜群だね!」


とりあえず褒めてみる。正解だといいが……。


「はぁっ!? お前何言ってんだよ! つーか出ていけって言って出ていくアホがどこにいんの!?」

「ご、ごめん」


出ていけって言われたから望みを叶えたのに。しかも褒め言葉は惨敗。とりあえず、最新情報は出ていったらダメ。俺は立ち尽くすを徹底することにした。


(怒られてるのに隣に座るのは失礼だろう)


「うぅ〜」


ついに泣き出した愛ちゃん。


「私はその10年の間にお見合いもした! その男と結婚してたら結ちゃんはどうするつもりだったの!? 離婚してたとしても好きになってた!? 私は逆の立場だったら心臓えぐられてるよ!!」

「……でも結果、離婚どころか結婚もしなかったわけだから」


もしもの話はもしもでしかない。自分が創造したい未来を想像する。ワクワクする未来を想像して、起こって欲しい未来を口にする。


俺は裕福層のその姿勢を見て、実践し、今の基盤を築いた。


だから、俺はネガティブを想像しないし、口にしない。



「俺は心がえぐられることがあっても、全てベストに進んでいると思ってるから」

「じゃあ、私が今浮気して、他の男と関係持ってもベストに進んでるわけ? 何でもポジティブだもんね。君は」

「愛ちゃんは浮気しない」


そんな未来を想像したら、口にしたら、本当にそうなる。だから俺は起こって欲しい未来を口にする。


「確かに、愛ちゃんと出会った頃には戻れないけど、縁があったから再会したわけだし、しかもお互いがお互いしかいなかった。すぐ叶うより、ベストタイミングが大事……」

「私は20代の結ちゃんも知りたかったの!! ピチピチの肌を堪能して、あの時しかできないことをしたかったの!!」

「ごめん……」


肌のハリか。意識したことなかった……。

……この話、前も聞いた気が。まだ解決できていなかったか。


「私だって20代のときに会えてたら! もっと胸もあったし、踵もツルツルだった!」

「そ、そうなの」

「シミもホクロも増えた。シワができて……どんどん女として終わって行く恐怖と結婚できるかの不安で押しつぶされそうだった!」


いや、だから結果結婚したんだし。

……これは伝えたら怒られそうだ。


「あの時の結ちゃんに会いたい!!」


愛ちゃん渾身の叫び。

俺はどうしたら……


「……だから俺は、今の愛ちゃんと未来の愛ちゃんを大切にしたい」


確かに時間は戻せない。

言ってしまえば俺も過去の後悔は沢山ある。



だからこそ過去が、気づきであり、未来の幸せの指針になる。


「家が隣同士とかで、産まれたときから一緒の人以外全員が〝もっと早くに会えてたら〟になる。お互いを知らない時間があったから、会いたくても会えない時間があったから、なおさら今と未来が大切で、尊い」


会えない時間が試練だとは思わない。その時々で必要な経験をしただけ。


その経験をしなければ、再会できなかった。それだけ。


「俺は過去の愛ちゃんに触れないから、今の愛ちゃんを大切にしたいし、未来の愛ちゃんが尊い」

「子供8人……」

「子供は若いからできるとも限らないし、俺の知り合いの奥さんは48歳で初産で元気な子を産んだから一概には言えないよ」

「若ければ希望があった。私健康だもん。産めた」

「……」

「分かってるよ……時間は取り戻せない。なのに私はなんてことを……! ケーキ屋さんで会ったイケメンにとりあえず声をかけておけば……!」


当時俺はいっぱいいっぱいだった。上手く行ったとしても愛ちゃんを思いやれず破綻してたと思う。


だからやっぱり全てはベストに進んでるんだ。


「踵がツルツルの愛ちゃんだったら俺は愛しさを感じなかったかもしれないし」

「あほ。そんなわけあるか」

「……」

「20代結ちゃんに会いたかったなぁ……。会いたい」


怒りのボルテージが下がり今度は落ち込んでいるようだ。


「若い人しか行けないようなお店に行ってランチしたりさ。ひと目も気にせずイチャついたりさ。浴衣来て花火見たりさ」

「それ今でもできるから」

「舌が肥えたからお店のランク下げたくない。ひと目も気になる。浴衣着るの面倒くさい」


だめだ。負のループに入ってしまった。


「……愛ちゃんは50代になった俺は嫌い?」

「え?」

「80歳の俺は論外?」


俺は過去の後悔よりも未来の希望に焦点を当てたい。


「俺は愛ちゃんのおばあちゃんになった姿を思い浮かべるとワクワクする」

「……なんでよ」


不貞腐れたように、けれど少し照れ臭そうに呟かれた。


「どこからシワができるのかなとか、白髪はいつから出てくるのかなとか。それを一番始めに見れることに……ワクワクする」

「……」

「仕事をリタイアしたら、ゆっくりと温泉に行ったり、小鳥を愛でたり、年を取ったからこそできることも沢山したい」


過去を思い出す隙もないほど、未来のワクワクで埋めてあげたい。


「俺は一瞬の恋がしたかったんじゃない。トントン拍子に進まないことを俺は本来追いかけない。それなのにずっとこの思いを消そうと思っても消せなかった。上手く行かなくても愛ちゃんが欲しいって確固たる決意になった。それを証明するために10年の年月が必要だったんだ」

「うぅ〜」

「愛ちゃんは俺とこれからしたいこと、ないの?」


再び泣き出した愛ちゃんの隣に座り、抱きしめる。


「なんで早くこうしないのよ……」

「こう?」

「愛しい妻が泣いてるんだから、すぐに抱きしめて愛を囁くのがマナーでしょ」

「そうなの?」


怒られてるから座ったらいけないと思ってた。前に怒ってたとき触るなって言われたし……。


「また新しい愛ちゃんを知れた。もっと沢山俺に見せて欲しい」


抱きしめる手に力を込めると、愛ちゃんが頭を俺の肩に置いてくれた。


「俺も恋愛が初めてだったから、きっと若いときに会ってたらカッコつけてばかりだったはずだ。偽りの俺を演じ続けてダメになってたと思う」

「……」

「愛ちゃんに過去を後悔させる結果にしたのは全部俺のせい。今でさえ、愛ちゃんがどうしたら喜んでくれるのか分からない」


俺の奥さんが抱えてる病み。俺は鈍感で、何一つ気づけない。


「全部俺が悪いから、愛ちゃんが苦しまないで欲しい」


病み期なんて決めつけて、本質を追求しなかった。


「……男前か」


ボソッと、不貞腐れたように呟く。俺の意地っ張りなお姫様。


「かっこいいでしょ?」


俺はつい調子に乗る。


「あー、かっこいいかっこいい」


照れ隠しの投げやりな言葉。これはもう、仲直りの合図だ。


「愛してるよ。全てを」




後悔は自分が悔やまない限り後悔にならない。


例え、愛ちゃんとタイミングが会わずに後悔したとしても、俺達は再会した。それを後悔に使うのではなく、やっぱり運命だったと確信するための道具に過ぎない。


「歳を取った結ちゃんは面白いだろうね」


俺を見て愛ちゃんが笑う。

その笑顔を守りたい。



だから、どうか全て、ベストに進んでいると信じて欲しい。



〜おしまい〜

読んでくださりありがとうございました!

私自身が過去に後悔があり、どうしたら気持ちが晴れるかなと思って書きました。

また、解決しようとする男脳と共感して欲しい女脳が描かれていたら嬉しいです(^^)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ