第16話 我が家の一大事?
桑野さんとの食事が終わって数日後。
「えっ!? 入院!?」
「坊っちゃん、そんな大層な事ではありません」
仕事が終わって家に帰り着くと、キヨさんから入院すると告げられた。
「先日受けました健康診断で、ちょっと詳しく見た方がいい所が見つかったそうで、ただの検査入院ですから」
「どこかずっと悪かったんですか?」
一番近くにいたのに不調に気づかないなんて……。
「自覚症状は全く無いんですよ。ただ詳しく見た方がと言われると私も不安ですから」
「おっしゃる通りです。その病院なら知り合いの医師がいるので、私からも良く見て下さるよう連絡しておきます」
「急にお休みを頂く事になってしまってすみません」
家族のような間柄とは言え、俺とキヨさんは事実上、雇用主と従業員だ。
「いえ、こちらこそ配慮が足りずに申し訳ありませんでした。最大限のサポートはさせて下さい」
「常備菜などを作っておこうと思ったのですが、直之坊っちゃんが私の代わりをされるそうです」
「……直之は家事に目覚めましたね」
直くんが食事を作るのか。仕事も今は年度末で忙しいはずだ。大丈夫かな。
「ふふふ。未来のシミュレーションではありませんか?」
「……」
ああ。そうか。もう直くんはここを出ていく。百子さんと二人で暮らし始めたら、直くんは料理をするんだろう。百子さんと一緒に。そのシミュレーションか。
「結仁坊っちゃん、寂しくなりますね」
俺の雰囲気が暗くなったのに気づいたのか、キヨさんが励ますように明るく言う。
「ええ。本当に、そうですね」
俺は独占欲が強い。最近気づいた。直くんが巣立って行く。
「私は空の巣症候群です」
「なんですか?それは」
キヨさんは知らないのか。
「雛鳥が巣立った後の空の巣を思う親鳥の心境らしいですよ」
「ピッタリですね」
キヨさんが納得して笑う。ここに養子に貰われて28年。キヨさんも同じ時を重ねた。それなのに体調を気遣ってあげられなかった事が悔やまれる。
「病院までご一緒させて下さい。荷物などもあるでしょうから」
✽✽✽
「坊っちゃん、ありがとうございました」
入院当日、キヨさんを病室まで送り届ける。
「また夕方来ますから、何か必要なものがあればおっしゃって下さい」
「そんなに心配なさらないで下さい。子供では無いんですから」
「……私は過保護ですか?」
「坊っちゃん……無自覚だったのですね」
直くんから過保護と言われていたけれど、それは照れ隠しだと解釈してたのに……。
確かに、貴ちゃんが中学生になるまで俺が靴下を履かせていた。流石に俺も気づいて小学校の卒業式の時にママ友に聞いたら、小学六年生で靴下を履かせていたのはうちだけだった……。
〝適度な距離感〟というのが俺には全く分からない。
「坊っちゃんがお手間でなければ、また夕方来て下さると私は嬉しいです」
「……また夕方お見舞いに来ます」
キヨさんが個室は寂しいと言うので二人部屋にした。荷物を置いて、同室のご年配の女性に挨拶してから部屋を出る。
キヨさんに何もない事を願う。
――ガラガラガラッ!
物音がした方を見ると病院の自動販売機のゴミ箱が倒れ、空き缶が少し転がっていた。
「あ~もう。やっちゃった」
メンテナンスの人らしい制服を来た女性が慌てて拾っていた。
「手伝いますよ。汚れていませんか?」
俺も空き缶を拾い上げ、ゴミ箱に戻していく。
「あっ! すみません! すみません!! 大丈夫ですから!」
見た目、五十代くらいの凄くやせ細った女性。なんだか申し訳無い気持ちになるほど、その空き缶を持った腕は細い。
「いいえ。お気になさらないで下さい。綺麗にして下さりありがとうございます」
「仕事ですから……」
全てを拾い上げると、とても恐縮したように何度も頭を下げられる。
なんだか見てるだけでかわいそうだ。この位の年齢で、こんなにやせ細って、こんなに大変な仕事をして……。
メンテナンスの人のお給料は見直すべきだ。この仕事はもう少し高給じゃないと。
「本当にすみませんでした……」
「いいえ。あまりお役に立っておりません。それでは失礼致します」
お辞儀をしてその場を後にする。顔色も良くない人だった。旦那や子供はいないのか。シングルマザーか。とても働ける様な状況ではなさそうだったのに。
……いけない。ついまたお節介心が。直くんにいつも言われるから改めようとしているのに。
気持ちを切り替え俺は会社へと向かう。
お兄ちゃんはももちゃんが料理が出来ない事を知りませんね(笑)