第65話 十時さんの気持ち
「あのかわいさは反則だ」
「……何か?」
出社し、黒崎くんからスケジュールを聞いていた最中、つい朝の愛ちゃんとのやり取りを思い出してしまった。
「何でも無いよ。ありがとう」
「それでは私はこれで失礼致します」
「うん。ご苦労様」
黒崎くんが部屋を後にし、また自分の世界に入る。
「あー……かわいすぎる……」
テレ屋な天邪鬼。あれは天使だと思う。
「――あれ?」
メールを見ると、過去無いほどの受信数……なんだ?
「十時さんか……」
見ると数分置きに十時さんからメールがきていた。
これは……
✽
『はいっ!』
「十時さん? おはようございます。今電話大丈夫かな?」
十時さんに電話をかけた。
『はいっ! もちろんです!』
「……仕事はいいの?」
『はい!』
時刻は9時過ぎ。社長はまだ出社前……か?
『電話とっても嬉しいです! お話したいことがいっぱいあって!』
「……あのさ、申し訳無いんだけど、仕事に関係ない電話やメールはやめて貰えるかな? 僕も仕事をしてるんだ」
『……はい?』
「僕は出社して、自社のこれからの戦略を練ったり、決裁を下ろしたり……自社の人間だけで無く、色んな会社の人とも連絡を取り合って、自社の経済と経営を動かしているんだ」
『そうなんですね! すごい! かっこいいです!』
俺の声のトーンは伝わらない、か……
「今、十時さんと電話してる間も、商談の電話がかかってきてるし、大事なビジネスメールが十時さんからのメールで埋もれてる。……これは僕にとって、重大な損失に繋がるんだ」
『……』
「十時さんも社会人になったばかりで心細いのかもしれないけど、これ以上僕がしてあげられることは無い。十時さんの会社の人の中に、そういった人がいると思うから、今後は僕じゃなくて、自社の中で解決してくれませんか?」
『……私……』
「仕事に関係ないメールに返事はもう出せない。それは電話も同じです。申し訳ありません」
あれから少し話して、電話を切った。以来、電話もメールも無い。
人を傷つけたかもしれない罪悪感は拭えない。しかし、俺が守らないといけないものは会社と愛ちゃん、家庭だ。
ジクジクとした罪悪感に蓋をし、メールを振り分けて行く。
✽
仕事も終わり、会社を出た。
「――あの!」
「? ――あ、お疲れ様です」
声をかけられ振り向くと、相手はまさかの十時さん。
「お! お疲れ様です!」
「びっくりしたよ。仕事は良かったの?」
「はい!」
「……僕に用事かな?」
たまたま、では無さそう。
「はい! ……一目……お会いしたくて……」
「そうなんだ」
「……先日奥さんと一緒に食事をしてたのを見てしまったんです」
「ああ。休日会ったときのことかな?」
愛ちゃんが同じレストラン内にいた人を「あれは絶対十時さん!」と言っていた。
「は、はい! それで……私……」
「うん」
「……CEOが可哀想だと思いました!」
「……え?」
俺が?
「なんか……奥さんが怒ってるように見えて、その奥さんと一緒にいなければならないCEOが……可哀想で……」
「それは誤解だよ」
確かにあの時、俺の愛妻はご立腹だった。(背中つねられたし)
「っ! 私なら! CEOにそんな思いさせません!」
「ありがとう。だけど僕は幸せだから」
人と距離を置いて生きてきた俺にとって、愛ちゃんは心を許せる人。そして俺が唯一、喧嘩をできる人でもある。
数少ない、貴重な……俺の太陽。
「……私の方が……怒らないし、いつも優しく包んであげることができます」
結局何が言いたいのか……。
「私の方が! CEOを幸せにしてあげることができます!!」
……なるほど。
「ありがとう。その気持ちは嬉しいよ」
「本当ですか!?」
「だけど僕は甘ったれで、奥さんの膝枕が無いと眠れないから、難しいと思うよ」
「……え゛」
正直に話したら十時さんが驚いて固まってしまった。
「え゛……!!」
「びっくりさせた? ごめんね。でも事実だから」
俺は淡々と答えた。
「十時さん?」
「……ち、悪い」
「え?」
下を向いていて声がよく聞き取れない。
「いい年した男が気持ち悪い……」
「……」
ようやく聞き取れた。
「そうだね。だけど事実だから」
「……お疲れ様でした。さようなら」
「あ、うん気をつけて」
十時さんは走り去って行った。
✽✽
「それは可哀想に」
「悪いことした……?」
「違う。結ちゃんが」
あれからいつものように家に帰って、愛ちゃんの部屋で十時さんとのやり取りを伝えた。
「俺?」
「そうよ」
愛ちゃんが俺に向かって悲しそうに微笑んで、手を伸ばして頭を撫でられる。
「結ちゃん、よしよし」
「……」
「うちの子になんて言い草なの」
「……」
「結ちゃんには愛ちゃんがいるよ」
「うん……」
「ま、愛ちゃんはこれで一安心だ」
俺を抱きしめて、ニッとイタズラっ子のように笑った。
「……俺さ」
「うん」
「昔は人と接したくなくて、いつも冷たい態度を取ってた」
なんだか急に過去の話をしたくなって、愛ちゃんに話し出す。
「それが……直くんが産まれて、兄としての接し方を考えたときに、お兄さんの人当たりを思い出した」
「うん」
「俺の意思じゃないんだよ……」
当時、俺は直くんを弟と思って接していた訳ではない。
〝兄〟という役割を両親から与えられたから。
「両親が亡くなって、直くんと貴ちゃんの親代わりになったとき……直くんと貴ちゃんと……良く思われたいって思った」
「そう……」
「嫌われたくないって……思った……」
疎まれることが当たり前だった俺に、初めて生まれた感情。
人に好かれたい。
ご覧頂きありがとうございました!
高評価、ブックマークもお願いいたしますm(__)m