表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
159/163

第65話 十時さんの気持ち

 

「あのかわいさは反則だ」

「……何か?」


 出社し、黒崎くんからスケジュールを聞いていた最中、つい朝の愛ちゃんとのやり取りを思い出してしまった。


「何でも無いよ。ありがとう」

「それでは私はこれで失礼致します」

「うん。ご苦労様」


 黒崎くんが部屋を後にし、また自分の世界に入る。


「あー……かわいすぎる……」



 テレ屋な天邪鬼。あれは天使だと思う。




「――あれ?」


 メールを見ると、過去無いほどの受信数……なんだ?


「十時さんか……」


 見ると数分置きに十時さんからメールがきていた。


 これは……




 ✽


『はいっ!』

「十時さん? おはようございます。今電話大丈夫かな?」


 十時さんに電話をかけた。


『はいっ! もちろんです!』

「……仕事はいいの?」

『はい!』


 時刻は9時過ぎ。社長はまだ出社前……か?


『電話とっても嬉しいです! お話したいことがいっぱいあって!』

「……あのさ、申し訳無いんだけど、仕事に関係ない電話やメールはやめて貰えるかな? 僕も仕事をしてるんだ」

『……はい?』

「僕は出社して、自社のこれからの戦略を練ったり、決裁を下ろしたり……自社の人間だけで無く、色んな会社の人とも連絡を取り合って、自社の経済と経営を動かしているんだ」

『そうなんですね! すごい! かっこいいです!』


 俺の声のトーンは伝わらない、か……


「今、十時さんと電話してる間も、商談の電話がかかってきてるし、大事なビジネスメールが十時さんからのメールで埋もれてる。……これは僕にとって、重大な損失に繋がるんだ」

『……』

「十時さんも社会人になったばかりで心細いのかもしれないけど、これ以上僕がしてあげられることは無い。十時さんの会社の人の中に、そういった人がいると思うから、今後は僕じゃなくて、自社の中で解決してくれませんか?」

『……私……』

「仕事に関係ないメールに返事はもう出せない。それは電話も同じです。申し訳ありません」





 あれから少し話して、電話を切った。以来、電話もメールも無い。


 人を傷つけたかもしれない罪悪感は拭えない。しかし、俺が守らないといけないものは会社と愛ちゃん、家庭だ。


 ジクジクとした罪悪感に蓋をし、メールを振り分けて行く。




 ✽


 仕事も終わり、会社を出た。


「――あの!」

「? ――あ、お疲れ様です」


 声をかけられ振り向くと、相手はまさかの十時さん。


「お! お疲れ様です!」

「びっくりしたよ。仕事は良かったの?」

「はい!」

「……僕に用事かな?」


 たまたま、では無さそう。


「はい! ……一目……お会いしたくて……」

「そうなんだ」

「……先日奥さんと一緒に食事をしてたのを見てしまったんです」

「ああ。休日会ったときのことかな?」


 愛ちゃんが同じレストラン内にいた人を「あれは絶対十時さん!」と言っていた。


「は、はい! それで……私……」

「うん」

「……CEOが可哀想だと思いました!」

「……え?」


 俺が?


「なんか……奥さんが怒ってるように見えて、その奥さんと一緒にいなければならないCEOが……可哀想で……」

「それは誤解だよ」


 確かにあの時、俺の愛妻はご立腹だった。(背中つねられたし)


「っ! 私なら! CEOにそんな思いさせません!」

「ありがとう。だけど僕は幸せだから」


 人と距離を置いて生きてきた俺にとって、愛ちゃんは心を許せる人。そして俺が唯一、喧嘩をできる人でもある。


 数少ない、貴重な……俺の太陽。


「……私の方が……怒らないし、いつも優しく包んであげることができます」


 結局何が言いたいのか……。


「私の方が! CEOを幸せにしてあげることができます!!」


 ……なるほど。


「ありがとう。その気持ちは嬉しいよ」

「本当ですか!?」

「だけど僕は甘ったれで、奥さんの膝枕が無いと眠れないから、難しいと思うよ」

「……え゛」


 正直に話したら十時さんが驚いて固まってしまった。


「え゛……!!」

「びっくりさせた? ごめんね。でも事実だから」


 俺は淡々と答えた。


「十時さん?」

「……ち、悪い」

「え?」


 下を向いていて声がよく聞き取れない。


「いい年した男が気持ち悪い……」

「……」


 ようやく聞き取れた。


「そうだね。だけど事実だから」

「……お疲れ様でした。さようなら」

「あ、うん気をつけて」


 十時さんは走り去って行った。





 ✽✽


「それは可哀想に」

「悪いことした……?」

「違う。結ちゃんが」


 あれからいつものように家に帰って、愛ちゃんの部屋で十時さんとのやり取りを伝えた。


「俺?」

「そうよ」


 愛ちゃんが俺に向かって悲しそうに微笑んで、手を伸ばして頭を撫でられる。


「結ちゃん、よしよし」

「……」

「うちの子になんて言い草なの」

「……」

「結ちゃんには愛ちゃんがいるよ」

「うん……」

「ま、愛ちゃんはこれで一安心だ」


 俺を抱きしめて、ニッとイタズラっ子のように笑った。


「……俺さ」

「うん」

「昔は人と接したくなくて、いつも冷たい態度を取ってた」


 なんだか急に過去の話をしたくなって、愛ちゃんに話し出す。


「それが……直くんが産まれて、兄としての接し方を考えたときに、お兄さんの人当たりを思い出した」

「うん」

「俺の意思じゃないんだよ……」


 当時、俺は直くんを弟と思って接していた訳ではない。

 〝兄〟という役割を両親から与えられたから。


「両親が亡くなって、直くんと貴ちゃんの親代わりになったとき……直くんと貴ちゃんと……良く思われたいって思った」

「そう……」

「嫌われたくないって……思った……」



 疎まれることが当たり前だった俺に、初めて生まれた感情。



 人に好かれたい。

ご覧頂きありがとうございました!

高評価、ブックマークもお願いいたしますm(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ