第63話 愛妻との時間
「だめだ……! 頑張っても参考書くらいしか出て来ない……!」
「きみは本当に物欲が無いのう」
「せっかくお母さんが俺に聞いてくれたのに……」
「そんなに真剣に考えなくても」
当時は恐怖から逃げることしか考えていなかった。
だから……お母さんの愛情にも、善意にも気付かず、拒絶した。
それをやり直すために、必死に当時の俺に戻って考えたのだが……。
「勉強しかしてこなかった俺に、オモチャの種類なんか分かるわけ無い」
「うーん……じゃあほら、靴、とか」
愛ちゃんも一緒になって考えてくれる。
「それもお二人に買っていただいた物だからなぁ……」
「うーん……あ! ほら、じゃあトランプよ!」
「トランプ?」
「うん! 結ちゃん神経衰弱強いんだし、トランプを買って貰ってご両親と一緒にするとか!」
「トランプ……」
「きみは本当にかわいいわねぇ」
当時を思い出して、お母さんに「トランプ」と言った場合をシュミレーションしていると愛ちゃんに声をかけられる。
「ありがとう……」
「こーんなかわいい結ちゃんを見れて私は最高ですなぁ。でへへ」
「ふっ……言い方」
愛ちゃんのその言い方がおかしくて、笑う。
愛ちゃんと一緒にいると、時間が経つのがとても早い。
コース料理も終盤。デザートが運ばれて来た。
「わー! 豪華絢爛! 良いですな良いですなー!」
「さっきから言い方が……」
楽しい愛ちゃんにまたしても笑う。
「結ちゃんはよく笑うようになったね」
「え?」
「出会った頃と比べて、心から笑ってるよ」
「そっか……」
「微笑むから笑う、に進化した」
「脱皮したかな?」
「きみも言うようになったのう」
「ははっ! だめだ、耐えられない……!」
「かーわいい」
愛ちゃんと一緒にいると楽しくて楽しくて……
「幸せだ、ありがとう」
「……お、おぅ」
「ふっ……照れた」
「さ、食べましょう」
「切り返しが上手くなったね」
幸せだと、改めて思った。
✽
「美味しかった、楽しかったー!」
「良かった。安心したよ」
「結ちゃんは?」
「楽しかったよ」
「それは良かった」
レストランを出て、エレベーターに乗り込む。
「タクシーで帰ろうか」
「……一駅か二駅、歩く」
そう言って、キュッと腕を掴まれた。
「……めちゃくちゃかわいいんですけど」
「めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど」
似たような言葉で返して来る真っ赤で、ぶっきらぼうな愛ちゃんに……
愛しさが溢れて、止まらなくなった。
「かわいい。愛してるよ」
俺の腕を掴んで、俯いている愛ちゃんにしっかりと伝えた……
ら、
――バシンッ!
「いってっ!」
「恥ずかしい! 言わないで!」
「ここはエレベーター! 密室だよ!?」
「恥ずかしいものは恥ずかしいのよ!」
真っ赤になって怒ってる愛ちゃんに背中を思いっきり叩かれた。服越しとはいえ、結構痛い。
「ほら、ついたわよ!」
「はいはい。かしこまりました、お嬢様」
それでも叩いた手で再度腕を掴まれた。愛ちゃんに引っ張られて、エレベーターから出る。
ロビーにはまだ、沢山の人がいた。
「ばかにしたわね」
「滅相もない」
人がいたため、怒っていた愛ちゃんのボルテージはスッと引いた。
「前は……恥ずかしいから一生懸命バックの柄を握ってたな」
独白のように呟いた。
「確かに。そうだったね」
「あ、いじらない」
「俺も状況は見てるよ」
(しっかりと叩かれたあとですから)
……というのは後付で、当時を思い出して、微笑ましくなったから。
俺の隣をひょこひょことついて来ていた愛ちゃんを思い出して。
縮まって、萎縮しているのが伝わっていた。だけど、俺の側にいてくれて……今は、こうしてギュッと握ってくれる。
「状況見てる割にはいつも地雷を踏んでますよ、お坊っちゃま」
「踏みたいときもあるんだよ」
「何それ」
「日常が幸せだって話だよ」
エントランスを抜け、夜道を歩く。
「ここは街頭が沢山あって明るいね」
「そうだね」
「結ちゃん、料理美味しかった。ありがとう……」
「どういたしまして。またデートしてね」
「うん……今日……その……」
愛ちゃんと会話をしながら歩いていると、愛ちゃんが口ごもった。
「ん?」
「今日……楽しかった……。あ、あ……ありがとう……」
「……嬉しいよ、ありがとう」
きっと……「あ」の後に続く言葉は「ありがとう」では無かったはず。最初の「ありがとう」はサラリと言ってくれたから。
恥ずかしさで、言えなくなったと想定。
かわいいな。一生懸命頑張ったけど……と言ったところか。
気持ちがどんどん燃え盛る、愛しさ。
(この、世界一かわいい愛ちゃんを手に入れたのは俺だ……)
「宣言したくなったな」
「何を?」
「今日は一緒にお風呂に入ろうね」
世界中の男達に宣言したい。だけど、愛ちゃんの前で公言するのはやめておこう。きっとまた怒らせる。
「いやよ、恥ずかしい」
「えっ!? 今更!?」
「はっ!? 私は最初っから恥ずかしいっつーの!」
「分かった……今日はシャワーだけにする……」
「は?」
「俺は一人だと湯船に浸かれないから」
心理戦。こうすると、優しい愛ちゃんは……
「湯船には……浸かった方がいいわよ。疲れが取れるから……」
「……」
「……分かったわよ」
俺の願いを叶えてくれる。
「と、特別だからね?」
「いいの? 無理しなくてもいいんだよ?」
「無理じゃない……。じっくりお湯に浸かった方が……いい」
「うん、確かに。ありがとう愛ちゃん」
もう最高だ。
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