第62話 ほろ苦い、懐かしのクリスマス
「……何か欲しい物、ない?」
話題を変える先は……これしか思いつかないけど。
「私? ……あっ、お醤油かな」
「醤油?」
「ストックがないの忘れてた。ありがとう、思い出したよ」
「……他には?」
「うーん……無い」
「無いの?」
どうしよう。してあげられる事が無くなってしまった。
「服もあるし、鞄もあるし……ちなみに結ちゃんは?」
「俺?」
「たまには愛ちゃんが結ちゃんにプレゼントを贈りたいよ」
「嬉しいよ、ありがとう」
その気持ちが嬉しい。愛ちゃんはいつも俺を満たしてくれる。
そうだな。欲しいものか……
「それは……ちなみに、物?」
「……いかがわしい内容は受け付けておりません」
「なんだ」
それは少し、残念。
「じゃあ、それは今度またご褒美をかけて勝負しようね」
「エロ魔人」
「それに付き合える愛ちゃんもエロ魔人ってことでいい?」
「……」
「墓穴?」
「……さっさと欲しいもの言いなさいよ」
「うーん……」
欲しいものか……。
「うーん……」
「きみは物欲が無いのう」
「ふっ……また始まった」
「愛ちゃんサンタは困ったものだ」
「ははっ」
愛ちゃんはいつも俺を楽しませてくれる。
サンタか……
「直くんにお父さんとお母さんって言われたときは……どうしたらいいか分からなかったな……」
あれは……亡くなった年のクリスマスだったか。
キヨさんから毎年、直くんと貴ちゃんはクリスマスにサンタに当てて手紙を書いていて、その書かれた物を両親が枕元に置いていたと聞いたのだった。(俺はサンタなんかいないことを知っていて白けていたし、留学してたからな……)
直くんと貴ちゃんに両親をプレゼントすることは、出来ない。
欲しがったオモチャをあげたところで、俺の無力さを痛感することばかりだった。
「結ちゃんサンタはさぞかっこよかっただろうね」
俺の気持ちを察して、にこやかに微笑んでくれた。
「起こさないようにそ~っと行くのは中々難しかったな。直くんは寝起きが良かったから」
「そ~っと動く結ちゃんは見ものだな」
「貴ちゃんのサンタさんへの手紙の解読は難しかったな」
「なんかわかる気がする」
「まだ字もそんなにかけなかったからね」
楽しい思い出ばかりでは無い。両親を亡くした直くんと貴ちゃんが心から笑ってくれるまで、随分と時間がかかった。
それは俺の不手際もあったからなんだけど……
お母さんは買い物に〝行く〟という感覚は無い。基本デパートの外商が持ってきた物の中から選ぶ。クリスマスには子供のオモチャのカタログも来るし、直くんや貴ちゃんからのリクエストがあれば、それを外商に頼んでいたはずだ。
だけど、両親が亡くなって、経済的に苦しくなった俺は外商を断った。なるべく、金額を抑えたくて……。
だけど、クリスマス。直くんと貴ちゃんのプレゼントにはあのデパートの包み紙でなくてはならない。だから、足を運んで少々他より割高なそこで買った。
〝これで、大丈夫。お父さんとお母さんがいた頃と同じだ〟
あのときの自分に己の浅はかさを教えてやりたい。
「同じところで買ってもさ、外商を通すと外商がサービスでリボンに小さな鈴をつけてくれるんだ」
「そうなの?」
「うん、そうらしい」
白けていた俺には、「クリスマスだから」と、両親からプレゼントを貰う事は無かった。(オモチャに興味も無かったし)
……だから、気が付かなかった。
「両親が亡くなるまで来てたサンタのプレゼントには鈴がついていて、亡くなった年からはつかなくなった」
これが、俺の浅はかさ。
「キヨさんに言われて、己の浅はかさに笑ったよ……」
両親が生きていた頃と同じ生活を弟二人にはさせるはずだったのに。
「惨めだったな……」
「結ちゃん……」
だけど、もう外商に来てもらうわけにはいかない。
「うちを……担当してくださっていた方を訪ねて、頭を下げたら……鈴をわけてくれた」
会長とお父さんとお母さんに生前、お世話になったからと……鈴をつけてくれた。
それを……抱えて帰る帰り道、本当に惨めだった。
「結ちゃん、偉かったね」
顔を上げると、しっかりと俺を見てる愛ちゃんと目が合った。
「……俺はどうしても時々あっちの世界に行くよ」
「呼び戻せた?」
愛ちゃんが戯けて言う。
「うん、一気に気持ちが軽くなった」
当時の……無力で惨めな俺を、また救って貰った。
「外商はご入り用ですか? 奥様」
俺は愛ちゃんを見つめて微笑む。
「私はじっくりと見て決めたい派です」
「もう当時の外商さんも退職されてしまったしね」
当時の外商さんに、感謝。おかげで直くんと貴ちゃんに……両親が生きていた頃と同じことが出来たのだから。
「私はそれより、結ちゃんにもサンタさんを味わって欲しいよ」
「俺が?」
愛ちゃんからの言葉で、昔を回想する。
養子に貰われて初めてのクリスマス、お母さんから「サンタさんに何をお願いする?」と、聞かれたことを思い出した。
生家は純和風。古いしきたりに誇りを持っていて、西洋文化を好まない。つまり、本家の長男であるお兄さんであってもサンタは来ないのだ。
「お母さんはイベントが好きだったんだと今になって気づいたよ」
〝は……? サンタ……でございますか?〟
〝うん。結ちゃんの分はね、今年からはこのお家に届けてくれるってさっきサンタさんから電話が来たよ〟
〝……私にそのような知り合いはおりません〟
〝……サンタさんがオモチャを届けてくれるんだよ。結ちゃんが夜寝てる間にね〟
〝私は侵入者がいればすぐに気づきます。寝込みを襲われるくらいなら、その日は寝ずに起きております〟
〝……じゃ、じゃあ、お母さんがサンタさんから預かっておくね! オモチャ、何がいい? うーんと……車かな? プラモデルとか!?〟
〝……勉強がありますので〟
思い出して、また……あの時こうしていれば、と思う。
「……今なら……なんて答えようかなー……」
「お母さんに何でも言ってごらん」
そして俺は愛ちゃんを相手に、幼少期のやり直しをする。
これが……今の俺には必要な時間だったりする。
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