第61話 俺は夫ですよ
今日も打ち合わせと会議が朝から続いた。
その中で何通も来る、十時さんのメール。
最初はビジネスメールの添削だったり、職場の悩み相談だったりした。それが段々と、好きな食べ物とか、誕生日や血液型とか……仕事とは関係ないものに変わって行った。
「うーん……確かに女子が知りたい好きな人情報だな」
「血液型が?」
「占いで相性見るのよ」
「じゃあ、愛ちゃんも調べた?相性?」
「……」
無言は肯定。
(調べたんだ。かわいい)
一生懸命調べてる愛ちゃんを想像して微笑ましくなる。
「調べ無くても分かってるから大丈夫だよ。俺達は相性100%」
「……わーお」
「あ、照れた。本当にかわ……綺麗だな、俺の奥さんは」
「結ちゃんは仕事絡むと恐い」
「俺は経営責任者だからね。会社の経営の責任は全て俺が取ることになってる」
「かっ……」
「続きは?」
次に何が続くのか……最近分かってきた。まだまだ言ってくれそうに無いけれど……。
「腹黒大魔王」
「本当にかわ……綺麗だね」
「ペテン師」
「あ、久しぶりに聞いたかも」
「話を戻して下さい」
「あの会社は新人研修とかしないのかな」
「私は受けたことないよ。そんなの」
「うちの会社は新社員研修があるんだけど……」
「立派な会社ね。やっぱり」
「愛ちゃんはビジネスマナーもしっかりしてたけど?」
「勉強したのよ。よく見られたくて」
「頑張り屋さんだね」
双方の合意があれば、十時さんのメールは何ら問題ない。
「愛ちゃん相手ならウキウキと返信しただろうな」
「好きな人に好かれるって、難しいよね。私もいつも探ってたなぁ」
「何、それ?」
愛妻の爆弾発言にピシッと空気が変わる。
「俺のこと?」
「……もちろん貴方も入ってますよ」
「〝も〟?」
「……結仁さんは仕事絡まなくても恐い」
「愛ちゃんの目つきほどじゃないよ」
「……もう恐い」
「で、その好きなやつのことを探ってたんだ?」
「や……好きとかでは無くて……ですね」
「うん。それで?」
ここ最近、愛妻の過去を小出しにされて、俺の精神状態は落ち着かない。
「だから! 私だって、ときめいた人の情報は細かく知りたいってことよ!」
「ふーん……」
「33年間何もないわけ無いでしょう! 今時! 小学生でも彼氏彼女がいる時代よ!」
「分かってるよ……」
「そもそも、私のは、仕事の資料を作るのに出身地を聞いてワクワク。誕生日を知ってドキドキ。……このレベルですよ」
「そう」
「で、少年結仁はいつまでいじけるつもり?」
「あと少し……」
理解出来ないわけではないし、過去にとやかく言う筋合いは無い。
ただ、あと少し……
「その周りの男達に焼きもちを焼いたらリセットするから……」
俺のかわいい愛ちゃんをときめかした男達に。
いいなぁ。
……いいなぁ。
「それ以上に私が気になっているのは十時さんのことですよ、結仁さん」
「うん」
「さぁ。きみはどうするの?」
「仕事に関係ないメールがこれ以上続いたら、返事は返せないとは伝えるよ」
他社の新入社員にそこまで時間は取れない。それなら自社の新入社員とコミュニケーションを取りたい。
「それが効力無かったら? 電話が駄目だからメール、状態でしょ? 今は」
「次は手紙……とか?」
「それくらいなの? 連絡ツールは」
「名刺には代表電話番号と個人メールのアドレス、あとは会社の住所くらいだよ」
「……待ち伏せ、とか」
「向こうも仕事があるだろう」
「……結ちゃんはね、皆に優しいの。初めて話したときから優しくて、この人私に気があるのかなって調子に乗ってたけど、実は皆にフラットに優しかった。私の勘違い。がーん」
「俺のこと?」
「勘違い女製造機」
「……どこかで聞き覚えが」
以前、愛ちゃんから似たような言葉を二回聞いた。
「結ちゃんの善意は〝私のこと好きなのかな?〟って勘違いさせる力があります」
「そう?」
「無自覚か、きみは」
「仮にそうであったとしても、俺は既婚者で、それを隠してるわけでもないんだから、人の勘違いまでは責任取れないよ」
「お、おぅ」
「照れる要素ないよ」
「や……既婚者ってワードが……」
「俺は愛子さんの夫ですよ?」
「……知ってますよ」
「僕は既婚者です」
「ほぅ……」
照れて、ほくそ笑むのを必死に堪えて……堪えきれない愛ちゃん。鼻がキュッとなってる。
かわいい。
「何よ」
「……いや」
「腹黒大魔王」
「それが愛ちゃんの夫だよ」
「っつ!」
「それも感じますか」
「……ここは高級ホテルのレストランですよ、旦那様」
しまった、怒らせてしまったようだ。愛ちゃんの笑顔がとても恐い。
「じゃあ、結論。どうするの? これから。十時さんからのアプローチ」
「あれはアプローチか……」
仮にそうであったとしても
「続くメールが仕事が関係ないなら切り上げる。それだけだよ」
「う、ん……」
「そうなれば接点も何も無い」
俺の奥さんが気にするようなら、無論、優しくは出来ない。
今だって、せっかくのデート。それなのに会話は十時さんの話ばかりだ。
俺は愛ちゃんの話が聞きたい。
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