第57話 今日のネクタイは愛妻のセレクトです
「これかな……いや、こっち……?」
月曜の朝になり、愛ちゃんが俺の部屋に来て、俺のためにネクタイを吟味してくれている。
俺のために。朝から最高だな。
「うーん……こっち……にする」
「これね。ありがとう」
愛ちゃんから受け取る。が……
「愛ちゃん?」
「私がつけてみようかな……」
ネクタイを離さない愛ちゃんが恥ずかしそうに言う。
なんともかわいらしい。
「ありがとう。お願いします」
「どうしたらいいの?」
俺は愛ちゃんに伝えながら、愛ちゃんの動作を見守る。
――シュル、シュル……
「んーと……あれ?」
「それはこうして……」
「もういい」
「え?」
「もうしない」
何回かのチャレンジのあと、愛ちゃんが痺れを切らしたように手を離した。
「こんなに難しいって知らなかった」
「難しいかな?」
「ここで見てるから、結ちゃん着けてみ」
「分かった」
愛ちゃんが俺のベッドに座り、俺の枕を抱えて俺を上目遣いでジッと見る。どうしよう、その姿がかわいい。写真を……怒られるか。
――シュル、シュル
「凄い。朝からイケメンですね」
「そんな要素あった?」
ただネクタイを結んでいるだけ。
「かっこいい……」
「そう? ありがとう」
またジーっと見つめられる。
「最後……愛ちゃんする?」
最後の工程。引けばできるため、俺は愛ちゃんに尋ねる。
「うん……やる」
「かわいい」
「このまま首を絞めようかな」
「愛ちゃんに最後を看取って貰えるなら本望だよ」
「……」
「かわいい、しないんだ」
キュッとしてくれた。
「浮気したら、本気で絞める」
「しないよ」
「知ってる……」
「そう? 見張っててくれるんだろ?」
「うん……」
愛ちゃんを抱き締めて伝える。
「愛ちゃんに首輪を着けて貰いました」
「引っ張って遊ぼうかな」
愛ちゃんも少しは元気が出たようだ。
「今日……連絡あるかな? 十時さんから」
「無いんじゃない? 連絡取るようなことも無いし」
「ジェラシー……」
愛ちゃんが俺にギュウッと抱きつく。
(かっ、かわいすぎる……)
俺も堪らず腕に力を入れる。
「私がもう少し若かったらなぁ……」
「どうして?」
「肌のハリが全然違うもん。十時さんはピーンっと弾けてツヤツヤだった」
「愛ちゃん肌綺麗じゃん」
「ハリと弾力。私はもう、でろーんどろーん。どこもかしこも垂れ下がってる」
「ふっ……言い方が……」
「どうせなら……私も20代の頃の弾力を結ちゃんにお披露目したかったよ……」
愛ちゃんがまたも落ち込んだよう。だけど、俺の気持ちも伝わっていなかったようだ。
「俺は愛ちゃんの全てが好きだから」
「……」
「俺は愛ちゃんの若さやハリに惹かれたんじゃないよ」
初めて、ケーキ屋で会って、微笑んでくれた。
その微笑みになんとも言えない安心感を覚えた。
一目惚れだった。
「だから……愛ちゃんがおばあちゃんになっても、シワシワになっても、そんな愛ちゃんをかわいいと思うし、俺には愛ちゃんしか存在しないよ」
「……」
「もっと早くに出会ってたらとか、過去を後悔するんじゃなくて……俺には33歳からの愛ちゃんが必要だったんだ」
「……うん。ありがとう……」
「愛ちゃん、……愛してるよ」
愛ちゃんに安心して貰えるように、何度も何度もキスを繰り返した。
✽✽✽
「本日のスケジュールですが、10時から会議、昼から打ち合わせとなっております」
「うん、ありがとう」
出社し、本日の一日をシュミレーション。
「……俺と黒崎くんって似てるよね」
愛ちゃんに弱音を吐いたときに感じた。俺の幼少期の人への接し方は、黒崎くんそのものだと思う。
「とてつもない侮辱ですね」
「やっぱり違ったよ」
俺はこんなこと言わない。
――トゥルトゥルトゥル
「はい」
会議まで決裁書類を見ていたら、電話がなった。
「――会社の十時さんからお電話です」
「はい、ありがとう」
十時さん、か。
「はい、お電話変わりました。おはようございます」
『あっ! お、おはようございます! ――会社の十時と申します!』
「土曜日はばったりだったね」
『は! はい! 会えてハッピーでした!』
「そう? 妻が若くてかわいいって褒めてたよ」
『……そうですか』
「ごめん、また僕から話してしまったね。社長から何か伝言かな?」
『あ……いえ……。仕事時間外に声をかけてしまったのでそのお詫びの電話です……』
「そう。わざわざご丁寧にありがとうございます。お互い今週も頑張りましょう。それでは失礼致します」
『あっ!』
「はい?」
『あ、えっと……あ、ご、ご相談がありまして……』
「そうなんだね。申し訳ないけど、これから会議なんだ。もし良かったら、自社の人に聞いてみたらどうかな?」
『すみません……迷惑ですよね?』
十時さんの声がぐっと下がる。
「迷惑とかでは無いけれど、僕はあくまでも他社の人間だから。十時さんの職場の常識とは離れているかも知れないし。同じ職場の人に聞くのが一番間違いが無くていいと思うよ」
『……』
「……十時さん?」
『分かりました……。ありがとうございました』
冷めた、強ばった声が帰ってきた。
ご覧頂きありがとうございました(*^^*)
評価、ブックマークも宜しくお願い致します(^o^)