第47話 みんな結ちゃんに気に入られたい
ここに一組の夫婦が存在する。
「お兄ちゃん、行ってらっしゃい!」
「貴ちゃんも大学まで気をつけて行くんだよ」
「うん!」
「大ちゃんにお礼を伝えておいてね」
「分かった!」
夫の名前は外面良男。
「結仁さん、忘れ物は無いですか?」
妻の名前は外面良子。
「うん、無いよ。ありがとう」
日夜、激しいディスカッションを繰り広げる恐ろしい夫婦だと知るものは……いない。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
外面良男さんが出社。
優雅な朝の一時。私は穏やかに手を振りながら送り出す……
――パタン
「愛ちゃん、昨日はなんで先に部屋に戻ってるんだよー」
扉が閉まったと同時に、元凶である義弟が話し始めた。
「お兄ちゃんからお小言喰らっちゃった!」
「そう。お兄ちゃんに嘘はつかない方がいいわよ」
義弟のペースに乗らないよう、私はにっこりと外面良子で対応して行く。
「私は約束守ったよ。だから、貴ちゃんも約束のマル秘情報を……」
喧嘩をしていても、かっこいいスーツ姿を拝ませてくれる結ちゃんのことは大好き。
私が知らないマル秘情報を知りたい。
「マル秘情報? 無いよ! そんなの!」
「はあ!?」
「そんなことより愛ちゃん! 約束破っただろ!」
「そんなこと!? しかも約束破ったってそれは私の台詞よ!」
「いよいよだったのに、見計らったようにお兄ちゃんの電話が鳴ってさ!」
「さすがお兄ちゃん! ベストタイミング!」
「もう少し前なら言い訳も考えついたのにー!」
「お兄ちゃんの直感は凄いんだからね!」
あの男は本当に鋭い。……それが私の夫です。あ、自惚れです。
「長ーく鳴るから萎えたよ! 仕切り直そうとしたら今度は大樹から電話鳴るしさ!」
「お兄ちゃんが心配してること、そのまんまが起こってるじゃないの!!」
〝もう少し貴ちゃんを信用してあげたら?〟
……昨日は庇ってあげたのに!
しかもそれがこっちの喧嘩の原因だっつーの!!
「向こうは俺のことを好きだって言ってんだから、応えてあげないと可哀想だろー」
「その捉え方やめなさい!」
「分かってるよ。昨日お兄ちゃんからお小言食らっちゃったから、しばらくは大人しくしとく」
「しばらく!?」
ほとぼりが冷めたら、またするつもりだぞ! こいつは!!
「次、邪魔したら……愛ちゃんのことをお兄ちゃんに言おうーっと!」
貴ちゃんがニタァっと笑う。
「お兄ちゃんはモテるから、愛ちゃんはせいぜい、お兄ちゃんに捨てられないように頑張って!」
「……」
今気づいた。
こいつ……
兄貴の前で、ぶりっ子してる!!!
「お、お兄ちゃんと愛ちゃんは夫婦だから大丈夫……!」
これ以上義弟の罠に掛かるもんですか!
「じゃー愛ちゃんがえっちな子だって言って良いよね?」
「言、言えば?」
「そう? じゃあ今度、ラグビーの時にみんなの前で言おう!」
「はあっ!?」
「言っていいんだよね?」
貴ちゃんがニタァっと更に笑みを濃くする……。
こ、こ、こ……こんのクソガキ〜!!!
「さー、俺も大学行く準備しようーっと!」
「あ! ちょっと待ちなさいよー!!」
……そう言って姿を消した義弟。
私の夫は外面良男。その弟も紛れもなく外面良男に育った模様……。
三井貴将もとい、外面良太郎、襲名。
……私、14歳下の男の子から掌で転がされました。
✽✽
自室で、今後を思考中。
「冷静に考えると悪いことしたのは私の方よね……」
貴ちゃんに関することなら尚更、結ちゃんに伝えなければならなかった。
それを、結ちゃんと言い合って、あげく……
「私の部屋に来ないことが、悲しかったんだよね」
いつもは結ちゃんと言い合っても、結ちゃんがその後私の機嫌を取ってくれる。
それに甘えていた。
「良い奥さんになるって言ったそばから……」
悲しくなって、涙が出てきた。
「うー……」
本当なら昨日は結ちゃんをいっぱい甘やかせてあげて、結ちゃんが喜ぶことをいっぱいして、愛に満ちて、眠りにつくはずだったのに。
弱音を吐かずに頑張ってきて、今も頑張っている結ちゃんの癒やしになりたかったのに。
「ゆ、結ちゃんのばかぁー……」
誰もいないのをいい事に私はわんわんと泣きながら、気持ちを吐き出していく。
「寂しかったんだからー……!」
ゲストルームとして使っていたらしいこの部屋は広い。もちろんベッドも。
結ちゃんがいないと、広すぎて、余計に寂しさが込み上がる。
「もう! 結ちゃんが……!」
結ちゃんの温もりの無い、広いベッド。
包まれて、重みを感じる、安心感。
それが……たった一晩無かった。
それだけで……
「どうして私が泣かないといけないのよー……! うぇーん!」
〝お兄ちゃんに捨てられないように〟
物理的なだけじゃない。
私……
「結ちゃんがいないと生きていけない……。寂しくて……」
それに、きっと早くから気づいてた。それなのに、喧嘩をしてしまった。
お弁当……豪華にしようと思ってたのに……
「私……結ちゃんの奥さん失格だー……!!」
思いの丈、泣き叫んだ。
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意地っ張り改善なるか!?