第46話 俺のマル秘情報ってそんなに知りたい?
なんとか貴ちゃんを連れ帰った、夜。
「あー! いいお湯だった! ……あれ?愛ちゃんは?」
「愛ちゃんはもう自分の部屋に戻ったよ」
俺と散々言い合って。
「貴ちゃん、お兄ちゃんと話そう。ここに座って」
お風呂から出てきた貴ちゃんを呼ぶ。
「水飲んでからねー!」
「……飲んだらおいで」
俺と愛ちゃんの言い合いを知らない貴ちゃんはなんとも呑気である。
「で、何? 俺もう寝たい。明日も大学ある」
「だったら、早く家に帰って来ないと。どうしてお兄ちゃんに嘘をついたの?」
リビングのソファーにお互い座り、話しをする。
「お兄ちゃんに言ったらこうなるからだよー」
「言わないことは、隠したい何かがあるからだよね?」
「もーいいじゃん!」
「貴ちゃん、今日のお友達は未成年だろ?」
送る車の中で聞いた。大学2年の19歳。今はまだ、20歳が成人。
「夜遅くに貴ちゃんと二人でいたら、貴ちゃんが悪いことになるんだよ」
貴ちゃんは21歳。
「んなことにはならないって!」
「なってからじゃ遅いから、先に言ってるの」
「お兄ちゃんいつも、何事も経験って言ってるじゃん」
「あえて経験しなくてもいいことだよ」
貴ちゃんは自分にとって良いことしか聞いてくれない。
「貴ちゃんの好みの子とは違ったね」
今日の子は大人しい。貴ちゃんのタイプはゴージャスなお姉さん。……つまり、お母さんである。
俺はお母さんのように愛情深い、愛ちゃん。
直くんはお母さんのように明るい、百子さん。
貴ちゃんはお母さんのようにゴージャスで勝気な人。
男三人、見事にマザコンに育ったと思う。
「貴ちゃん、女の子のお友達と遊ぶのは良いけど、二人切りとかいつもより夜遅いとか、隠して遊ぶとか、誤解を招く行動はやめよう」
「……」
「愛ちゃんにも大ちゃんにも、口止めしてたんだろ?それは、誤解を招くよ」
「……分かった」
貴ちゃんから了承の言葉を聞いて、安堵する。
「やっぱり、貴ちゃんは優しくて偉いね!」
「もう寝ていい?」
「まだ。……貴ちゃん、愛ちゃんになんて言って口止めしたの?」
「えー? 口止めー? したっけ?」
目が斜め上を向いている。これは貴ちゃんに追求されたくないことがあるときの癖だ。
「愛ちゃんは貴ちゃんのお母さんとして、ここにいてくれてるわけじゃないからね」
「俺もお母さんが欲しいー」
「貴ちゃん、お兄ちゃんは貴ちゃんの嘘に引っかからないよ」
「ちぇー。ちょっとお願いしただけだよ!」
「何をどうやってお願いしたの?」
愛ちゃんが俺に隠して、カクカクとしたかわいいダンスを踊っていた。あれは何か貴ちゃんが弱味を握ったに違いない。
「……黙っていたらお兄ちゃんのマル秘情報を教えるって言った!」
「……何? お兄ちゃんのマル秘情報って」
「ないよ!」
「ないのに愛ちゃんに嘘をついたの?」
「ごめんなさい!」
「貴ちゃん」
全く反省していない。これはまたする気だ。
だけど、嘘をつくなとは言えない。俺もずっと嘘をついていた身だ。
自分が出来ないことを、子供に押し付けてはいけない、と、昔から愛読している育児書に書いていた。
「貴ちゃん、他には?」
結局それには注意出来ず、他の理由を探る。
(俺のマル秘情報だけで愛ちゃんが動くとは思えないけど……)
「ない!」
「……本当にないの?」
「うん! ねぇ、もう寝ていい?」
「いいよ。貴ちゃん今日もラグビー頑張ったもんね」
「うん!」
「偉い偉い!」
俺は貴ちゃんの頭を撫でる。なんともかわいい。
「じゃおやすみー!」
「うん、ゆっくり休んでね」
取り敢えず、貴ちゃんが無事に帰って来た。
そのことに、俺もようやく安心した。
✽✽✽
「お父さん、お母さん。今日も無事、過ごせました。ありがとうございました」
日課の挨拶をする。
「……僕が言い過ぎましたでしょうか」
愛ちゃんに。まあまあ激しい夫婦喧嘩だった。
〝あんたの子育てがなっとらんのじゃ!〟
冷静に思い返すと、恐ろしい。あの目は京都の正妻の目だ。
愛ちゃんは怒らせると目の色が変わる。
俺のマル秘情報ってそんなに知りたいかな?結構包み隠さず話してるけど……。
「……ほとぼりが冷めるまでは大人しくしておこう」
お互いにクールダウンする時間があった方がいい。
大丈夫。この間の出張で証明した。俺は一人でも寝れる。
✽✽
――朝
いつものように起きてきて、リビングで新聞を読む。
――カッチャ
リビングの扉が開く音がしたため、そちらに振り向く。
「おはよう」
愛ちゃんが顔を出した。声色は通常通り。
「おはよう」
……あ、今謝るべきだったかな。昨日は口調がきつかった。反省している。
(まぁ、でも、普通に声かけてくれたし……もういいのかな?)
夫婦生活は穏便にいきたい。
「……」
「……」
「……何か言いなさいよ」
「え」
お互い、相手の出方を待っていると、愛ちゃんが先に口を割った。
何か言いなさいよって……
「……よく眠れた?」
「は?」
違ったようだ。
「それはこっちの台詞じゃ」
「あ、うん……。まぁ……」
やっぱりまだほとぼりは冷めていないようだ。
「貴将にはちゃんと伝えたから」
愛ちゃんに甘えて、頼みごとをするのをやめるように。
「えっ!! な、なんて言ってた!?」
急に血相を変え慌てる愛ちゃん。
(――あ。分かった)
俺はピンと来た。
〝黙っていたらお兄ちゃんのマル秘情報を教えるって〟
……俺のマル秘情報ってそんなに知りたいかな?
俺の……マル秘情報……。
……あるか?
えーっと……
「……俺は女性遍歴が多いと思われているらしいよ」
社長秘書の友田さんに。これをマル秘情報ということにしよう。
他には全て、愛ちゃんには包み隠さず伝えている。
「は?」
あ、だめだった。他には……俺の情報、俺のマル秘情報……
(俺のマル秘情報ってなんだ……?)
捻っても出てこないため、沈黙が続いた。
ら、
「……そんなに私は男に縁が無いと言いたいのか……!」
「は?」
愛ちゃんの地を這うような声に今度は俺が呆気にとられる。
拳を握りしめ、全身をわなわなと震わせている……
これは……やばい気がする。
「馬鹿にして! もう知らん!!」
その言葉を最後に、愛ちゃんはキッチンの方へ……
大変です。
火に油を注ぎました……!
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