第14話 弟の結婚による形見分け
「お兄ちゃん、なんか映画でも見たの?」
「え?」
「なんかイントネーションが変だよ」
「……」
お兄さんと別れて、家に帰ったら貴ちゃんから指摘を受ける。
元に戻らないイントネーションに、仕事しないで映画を見てたと思われているらしい。バレてないのはいいけど。
「ご飯が出来ましたよ」
「わーい! ご飯ご飯!」
良かった、話が反れた。今日は金曜日、直くんは百子さんとデートだ。いつも金曜日は俺と貴ちゃんとキヨさんの三人で食事をする。
俺も仕事のときは貴ちゃんとキヨさんの二人だ。なるべく食事は家族揃って食べるよう心がけてはいるが。
「お兄ちゃん、美味しいね!」
「うん」
貴将が大学を卒業した後のことを考えないと。後三年。
俺はマンションに移って、ここには直くんと百子さんが住めるようにしておかないと。リフォームするか、建て替えるか……。
この家は広い。たまに業者を呼んで掃除に入ってもらう位じゃ家を管理しきれない。
やはり以前のように使用人を雇って……キヨさんはどうしたいのか聞いておかないと。
この状況も後三年でタイムリミットだ。
……直くんはせっかくマンションを用意したのに肝心の結婚がまだだし。百子さんのお母さんが決めたマンションもずっと空室だ。人が住まないと朽ちるのが早いのに……。
はぁ、直くんも貴ちゃんも成長してしまった……。
「お兄ちゃん?」
「ん? 何?」
しまった、また空の巣症候群が。
✽✽✽
「俺、入籍する事にしたから」
「は?」
夜、帰ってきた直くんが俺に告げる。
「結婚式とかの日取りはまだだけど、取り敢えず、入籍して一緒に住む事にした。明日から荷物纏めるから」
「……急展開だね」
今日何かあったのかな?
「直はスロースターターだからなー。やっとかよー!」
「直之坊っちゃん、おめでとうございます」
確かに、結婚話が出てもうすぐ一年。早く結婚したい直くんの援護射撃もした。
だけど、こう……現実になると……。
「直くん、おめでとう。良かったね」
弟の幸せは素直に嬉しい。寂しい気持ちは伏せておこう。
「つーか、何で今なの? ハッ! 直! もしかして……!!」
「……新入社員が入ってくる前にって。」
つまり、百子さん発案か。直くんは百子さんに頭が上がらない。尻に敷かれている。
惚れた弱みかな。直くんと百子さんを見ているとお父さんとお母さんを見ているようだ。
「そういうことだから」
直くんは必要最小限の事しか言わない。
「直くん、貴ちゃん。ちょっといい?」
「何?」「何ー!?」
「ちょっと来て」
直くんと貴ちゃんを連れてきた先はお母さんの部屋だ。
「お母さんの遺品だよ。百子さんが良かったら渡してあげて。貴ちゃんも未来の奥さん用に」
お母さんの宝石類。多分直くん達のお婆さんの形見もあるだろう。今でもかなり値打ちのある一級品ばかりだ。
「沢山あるけど……」
「お母さんの遺品。直くんと貴ちゃんのだよ。二人で分けてね」
直くんが結婚する。お父さんとお母さんにも百子さんを見せてあげたかった。
きっとお母さんは自分から義理の娘になる百子さんに似合いそうなのを渡したかっただろう。
「兄貴は?」「お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃんはいいよ」
二人の声が重なる。
「お母さんのって事は兄貴ももらう権利があるだろ?」
「お兄ちゃんも未来の奥さんに渡してよ。」
「……」
二人共、本当に優しい子に育ってくれた。この二人の兄になれた事は俺の人生の誇りだ。
こんな宝を二人も残してくれた……。お父さんとお母さんには感謝しかない。
「お兄ちゃんは結婚しないから、持ってたら宝の持ち腐れだよ」
「……これはなんて宝石?」
「それはエメラルド。直くんお目が高い」
「お兄ちゃん! これは!?」
「オパール。それもいい品だよ。」
二人は宝石を見始めた。やれやれ。
「……兄貴は何でそんなに宝石に詳しいんだよ」
直くんは変なとこに気がつく。
「直くんも後十年したら一般常識として身につくよ」
お母さんは生粋のお嬢様で籠の中の鳥の人だった。
買い物は基本デパートの外商から。たまに家に来た宝石商から。つまり、俺はお母さんが買うその姿を見ていたから知っている。勿論金額も……。
なんとなく、お母さんに幻想を持っている直くんには言い難い。
「俺って無知?」
「直は無知!」
「貴ちゃん。直くんはお兄ちゃんが知らない事をいっぱい知ってるよ」
直くんはなぜか家事に目覚めて夏くらいから料理を手伝っている。掃除もしようとするが、俺は直くんにそんなことさせられないので先に俺がしてしまうけど。
直くんは料理が出来る。俺は出来ない。
「直くんのお味噌汁は美味しいよね」
「確かにうまい!」
「……それはどうも」
あ、照れてる。かわいいなー。噛み締めたい位かわいい。
「お兄ちゃん、俺はこれで決定!」
「俺はこれで」
直くんと貴ちゃんはそれぞれ決めたようだ。ここで眠らせていては宝の持ち腐れだ。お母さんの変わりに大事に使ってほしい。
「あれ? まだ残ってるよ?」
「それは兄貴の」「お兄ちゃんにあげるよ!」
……だから俺は貰う権利は無いのに。
見事に三等分された。お母さんは宝石を持ちすぎだ。結構な量がある。
また、いるいらないの話になると長くなる。一先ず預かっておこう。
「ありがとう。直くんと貴ちゃんは優しいね」
俺用に残された宝石を見る。
なんだかなー。示し合わせたようにピッタリな品物ばかりだ。
似合うだろうな。
……桑野さんに。