第42話 俺が弱音を吐ける人
「ただいま」
「おかえりなさい」
「……貴ちゃんは?」
しっかり決裁書類を見ていたら遅くなった。貴ちゃんも帰っているはずだが……
「あ~……友達とご飯を食べて帰るって」
「急だね」
そんな報告は受けていない。
「ほら! なんでも結ちゃんに報告しないって言ってたから……」
「友達とのご飯は必ず言ってたけど……」
〝おこづかいもう無い! ご飯代ちょうだい!〟って。
「きゅ、急に決まったみたい!」
「どうしてそんなに挙動不審なの?」
俺はすーっと愛ちゃんを見据える。
「さらっとつけない嘘なら、つかない方がいいですよ。俺の奥さん」
俺はにっこりと微笑む。
「見逃して下さい」
「じゃあ何かお願いごとを聞いて貰おうかな」
「……」
愛ちゃんが怪訝な顔をする。もちろん俺の願いなんかほぼ決まっている……
「昨日して貰った……」
「ちょっ! シャラップ!」
「取り敢えずご飯食べようかな」
まだ恥ずかしいんだよね、俺の奥さんは。
(貴ちゃんは友達と食事、か……。いつものメンバーかな?)
まぁ……21時半には戻って来るはず……
✽✽
夕食を終え、愛ちゃんの部屋のソファーで寛いでいる。
「結ちゃんって頭いいよね」
「そう? ありがとう」
いきなり愛ちゃんから褒められた。
「おっちょこちょいだとか忘れ物を良くするとか……そんなことばかり聞いてたけど、神経衰弱した時とかに思ったの結ちゃんは記憶力が良い」
「大人の機嫌を取れる方法が勉強しか無いと思っていたからね」
そう、だから俺の幼少期は勉強しかしていない。
「今日社長とさ……直くんの就任時期について話し合ったんだけどさ……」
「急だね」
「うん……。直くんの気持ちもあるからね」
本当は、俺が本当の兄では無い事実を隠す為に、直くんに明確に次期社長と伝えて育てて来なかった。
俺はそれを後悔してる。
「勉強はいつからでもできるとは思うけど、心の準備がね」
「うん……」
「……ね、弱音を吐いてもいい?」
俺が弱音を言えるのは仏壇の両親と愛ちゃんだけ。
「うん、もちろん」
なぜか愛ちゃんは嬉しそうにそう言うと、身体を寄せて来てくれた。
「小さい頃何になりたかったかって……俺には無い」
生き延びるか、野垂れ死ぬか。それしか無かった。
「ここに来て、役割を与えられて、俺は生き延びる為に必死になって勉強したんだ……」
「……うん」
「会長が亡くなってもそれは同じで、俺の価値はお役目を果たすことだった」
その為に、俺は会長の遺言通り8歳で経済と経営、語学を学ぶ為に留学した。
「直くんがその間に産まれてさ、俺は……」
不必要になった。そう感じた。
「……よしよし」
愛ちゃんに頭を撫でられる。
「未来を考えて、恐怖しか無かった」
口にしては両親を悪く言うように感じて言えなかった言葉が自然と流れ出る。
経営者になりたかったわけでは無い。それこそ、生家にいた頃は何か士業を目指さなければと思っていた事もあった。
何をして食っていくのか。それが野放しになった時、大人の顔色しか見てこなかった俺には何一つ浮かばなかった。
「結局、俺が思った方には進まなくて、直くんの兄というポジションを与えて貰ったんだけど……」
「うん……」
「お母さんが……〝無理して留学なんかしなくてもいい。跡を継がなくてもいい〟って……」
今考えれば、お母さんが俺を気遣って言ってくれたんだと分かる。
だけど、その時は……
「あぁ、俺の居場所は無くなったって……思った」
当時の恐怖が迫り出し、俺の目から涙が溢れる。
「何とか破棄されないように……考えても、俺が思いつくのは勉強しか無かった」
生家でも、この家でも、俺は勉強しか習っていない。
「……一度、あるテストが99点だったんだ」
「凄いね……!」
「100点じゃないことに、俺の目の前は真っ暗になった」
「……そっちかー」
「ありがとう」
その日の夜はもちろん眠れず、捨てられる恐怖に施設の入所方法などを調べていた。
「日本に帰れなかったな……恐くて。だからといって、ホームステイ先にいるわけにもいかず、結局戻ったんだけど……」
「そっか……」
「今思うと、俺は小さい頃、大人に気に入られる子供になりたかったんだと思う」
無邪気に笑って、褒められる。そんな大人の愛情が欲しかった。
「それを考えると……直くんはあとを継ぎたいのかな……」
俺と叔父さんが勝手に決めているだけで、直くんは自分を次男だと思って育った。
「小さなかわいい直くんがさ……俺に「お兄ちゃんは一番上だからお勉強して大変だね。直くん遊べて良かったー」って言ってきて……」
「かわいいね」
「うん、思い返すとね。その時はどうするんだろって思ったけど……」
結果、何も伝えず両親は亡くなった。
「直くんは何も言わずに、この会社に入って、今は経営企画部にいるけど……」
本当は、貴ちゃんみたいに何か別のものになりたいのかもしれない。
「結ちゃんの背中を見てきたから、結ちゃんみたいになりたいんだと思うよ」
愛ちゃんの穏やかな声に、俺の緊張が解れる。
「直くんは突然そう言われたのに受け入れて、凄いよね」
「結ちゃんの方が凄いよ」
「……うー」
屈託なく褒められて、声を出して泣いてしまった。
俺の人生後悔ばかりだ。やり直したいこともいっぱいある。
俺がなりたかったもの、そんなのは決まっている。
どんなに望んでも、絶対に手に入らない。
ご覧頂きありがとうございます(*^^*)
貴ちゃんの嘘はいつバレるんでしょうか!?(笑)
宜しければ評価、ブックマークをして頂けると嬉しいです(*^^*)