第38話 貯金とキャリア
「……結ちゃん?」
急に結ちゃんが遠くに感じた。
〝お父さんはどうだったのかな〟って言ったよね?
お父さん……。話の流れからすると、お義父さん?
私の父親の弄りのこと? (結ちゃんはユーモラスって良く言うけど)
「私のお父さんは面白おかしく私を弄りたいだけよ」
いっつもそう。小馬鹿な言い方をしては笑っていた。
「愛ちゃん言い返さないの?」
あっちの世界に行ってた結ちゃんが戻って来た。
(なんだ。良かった……)
「言い返すと面白がっていつまでも話が終わらない」
「楽しいね」
そう言って結ちゃんが穏やかに微笑む。
「私と姉さんはいつもげんなりしてるよ。どっちがお父さんの相手をするのかっていつも言い合い」
「楽しそう」
「たいてい私が負ける」
「負けてあげるんだ。優しいね」
結ちゃんはいつも私を持ち上げてくれる。プライドを守ってくれる。
結ちゃんの方がよっぽど優しい。
「……俺が愛ちゃんに渡すお金は愛ちゃんが稼いだお金だよ」
私はそれを養って貰ってると感じる。
「俺の奥さんとして存在しくれて、料理をしてくれて、こうして俺の事を思って細やかに動いてくれる、それの対価だから。お給料として堂々と受け取ってくれていいんだよ」
私はそれを申し訳ないなって感じる。
「貴ちゃんにあげるおこづかいも同じだよ。貴ちゃんが俺の弟として存在してくれる対価なんだ。それを貴ちゃんは当たり前に受け入れてくれてるよ。寧ろおこづかいアップしてって言われる」
……確かに。子供にあげるおこづかいに何かを感じたことは無い。
親戚の子とお正月に会うと、お年玉をあげる。それは……あげるのが当たり前、受け取るのが当たり前。
そんな世界。
それを子供が「そんな申し訳ないので!」とか言われた方が「経済力無いと思われてる?」って落ち込むかも。
そしてそのお年玉の使い道を、「私が稼いだお金を好き勝手に使って!」とは思わない。嬉しそうにお年玉を受け取る子供を見て、「良かった」って、私も嬉しい気持ちを貰ってる。
なんだ。
そっかぁ……。
「専業主婦だって、立派なキャリアだよ」
「うん……」
「時代が社会進出って言っても、自分が違和感を感じるなら無理をしなくていいし、自分が心地良い状態がいいと思うよ」
「……うん」
「俺に遠慮される方が俺は嫌だから、自分が家事をして稼いだって自信を持ってほしいよ」
人格者だな。優しくて……。
だからこそ、失いたくない。
「俺は共働きで輝いてる夫婦も知ってるけど、奥さんが専業主婦で輝いてる夫婦も知ってるよ」
「そっかぁ……」
「養ってるって感覚で言うなら、旦那さんからお金を巻き上げて、自由自在に使っている奥さんも知ってるよ」
「……三井のご両親?」
噂によると育てのお母さんはお金の使い方が激しかったらしい。
「……言われれば確かに」
「そんなに?」
「お母さんは生粋のお嬢様だったからね。使い方が激しかったと思う」
「そうなんだ」
「だけど、お父さんは喜んでいるお母さんを見て、幸せそうだったよ」
「そうなの?」
「俺はお父さんの気持ちがよく分かる」
「え?」
「自分が出来ることをして、好きな人が喜んでいるって……嬉しいよ。英雄になった気分」
私のお年玉と同じかな?
「だから、宝石でもなんでも好きに買って下さい」
「ありがとう……」
宝石は結ちゃんから貰ったのがあるから、買わないだろうけど。
「何事も家庭を運営する必要経費だと思ってね」
「ありがとう。優しいね」
キラキラキャリアウーマンへの憧れはまだある。それはこれまでの私の世界において、その人達を見て来たから。
きっと……私の目につかないところには、キラキラキャリア専業主婦も世の中にいるんだろうな。
どっちが良いかは……違和感を感じずに心地良いと感じる方、か……。
「足りないなら言ってくれたらいいし、貯金があると安心するなら、そこから貯金したら、愛ちゃんも罪悪感を感じないだろ?」
働きに行って稼げとも言わない。家にいろと強制もしない。
「うん……」
こんなに優しくて、頼れる人は結ちゃんしかいない。
かっこいいな……。かっこいいな。
「どうぞ殿下のご自由にお使い下さいませ」
いつまでもあると思うな結ちゃんと安定。
確かにそう。
だけど今は結ちゃんに甘えて、貯金をさせて貰おう。
貯金がある。それは未来への不安から守る安心料。
それを銀行に、貯金という名のお支払いをすることにしよう。
「私さ、ボーナスとか退職金とかと無縁だったから、ボーナス時期は凄く卑屈になってたな」
私は当時の自分の話をする。
「正社員はボーナスが出る日でも、私にはただの平日で……一度で良いからボーナスって物を貰ってみたかったなぁ」
今は結ちゃんから頂く月額がほぼボーナスみたいな物だけどさ……。
「分かった。ボーナスね」
「結ちゃん?」
「ボーナス。俺も年俸制になってからが長かったから忘れてたよ」
「結ちゃん、私このままでいいかな?」
キラキラキャリアウーマンを見て、自分と比べて落ち込む。
だけど、今から頑張る気力は無い。
私は、やっぱりここで自分の出来ることをしたい。
それが出来る環境を、結ちゃんが用意してくれているのだから。
「気になる?」
「うん……少し、ね……」
やっぱり必要経費と簡単には割り切れない所もある。
「じゃあ、キャリアと言うことで、続きをお願いします」
「続き?」
(何のこと?)
と、思ったら結ちゃんの開けた胸元が目に入る……
「!!!」
お、思い出した……! 私ってなんてことを……!
「今日は愛ちゃん主導で。思う存分キャリアを積み重ねて下さい」
「ばっ!!」
「今度メイドさんもしてね」
「〜〜!」
……恥ずかしい。だけど結ちゃんは本気。
確かにそうすると割り切れる感じはするけど……。
それは口実。
「ヘタでも文句言わないでね」
私だって、結ちゃんが私に触れるように結ちゃんに触れたい。
「結ちゃん……大好き」
なんだかんだ言っても、喜んでくれたら嬉しいのは私も同じ。
――私は唇を結ちゃんに近づける。
ご覧頂きありがとうございました!
結ちゃん、生殺しからの脱却(笑)
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