第36話 キャリアウーマン
俺の奥さんはキャリアウーマンを目指して働きたいらしい。
そうか。それなら……
「じゃあ、俺が愛ちゃんを雇おう」
「は?」
「愛ちゃんがすぐにキャリアを積み重ねれる仕事を斡旋するよ」
「……どんな?」
愛ちゃんが怪訝な顔で俺を見る。まー無理もないだろう。
「俺にキス一回10万、とか」
俺は愛ちゃんいわく「エロ魔人」ですから。
「毎日、一時間に一回……いや、一分に一回とかしてたら、すぐにキャリアを積み重ねれるね」
にっこり。俺は愛ちゃんに微笑む。
「〜〜アホか!」
「あ、一回10万だと、愛ちゃんあまりしそうにないな。一回1円。回数で稼ぐシステムにしよう」
「子供のお手伝いじゃないんだから!」
「あとは……」
「それ以上言わんでいい!」
「キャリアウーマンになりたいんだろ?」
「そのキャリアじゃない!」
まあ……そうだろうとは分かってるけど。
「なんか落ち込んでた私が一気にバカらしくなったわ!」
「落ち込んでたの?」
なんで。相談してよ、夫に。
「……いや〜、別にぃ〜」
「俺は愛ちゃんに頼られたいよ」
頼りにされてる。それが俺は心地良い。
お世継ぎ問題でここに養子に入ったときも、直くんと貴ちゃんに対してもそう。「俺がいないとだめだ」という状況の中で俺は自分の自己肯定感を満たしてきた。
それが無いと、俺は簡単に壊れる。
お父さんとお母さんが亡くなって、直くんにバトンタッチして、貴ちゃんが就職して結婚したら……。
近い未来、俺の存在価値は「愛ちゃんの夫」しか無い。
「頼りにはしてるよ。私、社会のこと何も知らないし」
「社会? 歴史? 地理?」
「その社会じゃないし……」
「じゃあ何?」
なぜか、焦る自分がいる。
「人脈や情報も無いから……ほら、置いてけぼり感?」
「置いてけぼり?」
「うーん……社会から置いてけぼりにされた、浦島太郎みたいに感じて……」
「誰が?」
「私だよ。なんかもう……社会についていけない」
「……」
ようやく理解した。愛ちゃんは自分のことを「籠の中の鳥」だと感じている。
そして俺はその言葉は理解したけど、状況を理解出来ない。
俺が、束縛したから?
確かにいつも思ってる。閉じ込めて、俺しか知らない世界に置いておきたい。
愛ちゃんが置いてけぼりを感じるのはごもっともだ。
「結ちゃん……ごめん……」
かける言葉が見つからなくて黙っていたら、愛ちゃんが口を開いた。
「私……主体性が無い……」
「主体性?」
「私……キラキラ働いている人が羨ましかっただけ……」
愛ちゃんは目に涙を浮かべながら続ける。
「私、本当はずっと正社員に憧れてて……」
「うん」
「だからといって、就職活動とかきっと他の人に比べて頑張って無い。「受かれば運命」くらいの感覚で……」
俺は愛ちゃんの手を優しく握る。
「だけど受からなかったら「私を選ばなかった会社が悪い」みたいな上から目線で、自分を省みることをしなかった……」
愛ちゃんの瞳から堪えきれなくなった涙が頬を伝った。
「私は、みんなが頑張ってるときに頑張らなくて、それなのに今は結ちゃんに甘やかされて専業主婦って……私はずるい人間になってる」
声をかけたいけど、話の腰を折るのはやめよう。
「私は結ちゃんがいるから生活出来てるのに、それなら……」
愛ちゃんが真っ直ぐ俺を見つめる。
何かを決意したように……
「っ!?」
いきなり顔が近づいたと思ったら、キスされた。
驚きと同時にもう愛ちゃんの唇は離れていて……
「ちょっ!」
愛ちゃんが俺の服を脱がして行く。
「愛ちゃん!?」
「キス一回、1円でしょ?じゃあ、これは?」
「えっ……?」
「私、社会に出ても何も出来ない。また就職活動なんか恐くてしたくない」
「……」
「私は結ちゃんに養って貰ってるから、結ちゃんを満足させないと」
愛ちゃんがしゃがむ……
「もういいよ。分かったから」
俺は愛ちゃんの腕を取って伝える。
「いや……?」
「そりゃあ、嬉しいけど……」
本来なら。男ですから。
「私、これからはいい奥さんになる。結ちゃんの言うことを全部聞いて、結ちゃん好みの女になるよ」
そう言って、手を俺に取られているため、口で俺の服を脱がしにかかる……。
「私は……結ちゃんの願いを叶えるためにここに来たんだから」
「ありがとう。じゃあ、一旦落ち着こう」
「落ち着いてる。結ちゃんに奉仕したいだけ」
「いやいやいや……」
「私の事はメイドだと思って」
「それはそれでかわいいけど」
それはまた今度して貰うことにして、今は……。
「何があったの?」
俺が言うのもなんだけど、小豆とかぼちゃを食べた方がいいと思う。
「何も無い」
「何も無いから、考えこんだの?」
ようやく愛ちゃんは少し落ち着いたのか、動作を止める。
「……都会のキラキラ女子は、みんな共働きだよ」
「100%では無いと思うけど……」
「私は料理を作るのが好きだから、これで良かったのに、周りと勝手に比較して焦って……」
それでキャリアウーマンか。
「結ちゃんを巻き込んだ。私は自分軸が全く無い。主体性が無い……」
なるほど。ようやく全容解明。
ご覧頂きありがとうございましたm(_ _)m
結仁くん、生殺し状態(笑)
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