第27話 塗り替えられて行く身体と心
「貴ちゃん寝ちゃったね」
「合宿の後だから余計ね」
あんなににぎやかだった貴ちゃんが急に静かになったと思ったらスヤスヤと眠っていた。
もう目の前に家が見えている。
「なんか…色々衝撃的だった」
「俺は両親に顔向け出来ない…」
私とは別の意味でショックを受けてる結ちゃん。
…これは本当に落ち込んでいる。
「まあ…ガールフレンドでしょう?」
付き合うのかは一切口を割らなかった貴ちゃん。友達と言い張っていた。
「…貴ちゃんはこれまで男の子の友達ばっかりだった」
ここで結ちゃんは手塩にかけて育てた弟の知らない部分と隠し事を知った。
「直くんだけじゃなく、貴ちゃんも俺に隠し事してたなんて…」
「成長した証だよ」
「前は何でも俺に教えてくれてたのに…」
「知られたら恥ずかしい事があるって」
「愛ちゃんも俺に隠し事してる?」
「してない」
したら大変。この人相手には。
「貴ちゃんはついこの間小学校に入学したのに…」
「…」
駄目だ。フォロー出来ない。
「直くんと貴ちゃんは一緒にいる時間も長かったし。俺が知らない事も二人の間はツーカーなんだ」
「うーん…ほら…年が近いから」
「百子さんと付き合ってるの俺だけ知らなかった。キヨさんも知ってたのに」
「恥ずかしいんだって。思春期だし」
「…俺が一番ついたらいけない嘘を…ついていたからかな…」
…一番ついたらいけない嘘というのは、血が繋がっていないという事実。
「そんなに深刻に捉えないで、結ちゃん。ほら、隠してるつもりは無くても言うタイミングが無かったとかあるじゃない?」
「そうだね…」
「落ち込まなーい!」
なんと言って励ましたらいいのか分からず、明るく振る舞う。ここは話を変えよう。
「それにしても…貴ちゃんから恋愛相談されても私は何も言えないよ」
付き合ったのかどうかは結局分からなかったけど、貴ちゃんは猪突猛進。14歳も下だけど私より異性交友が多かった模様。
「なんで?愛ちゃん博識じゃん」
「え?なんで?」
「なんか恋愛マニュアル本で勉強してるとか…」
「あ…!あれは…」
過去の話をされて恥ずかしい。当時は精一杯だったのよ。
都会のスパダリに…結ちゃんに釣り合うように…
都会のキラキラ女子に見えるように一生懸命勉強したの。
「忘れて下さい」
「忘れないよ。愛ちゃんが言ってくれた言葉は」
ぷしゅー。寝てるとはいえ貴ちゃんがいるのに何この甘い雰囲気。頬から湯気が出ちゃう。
そうこうしていると家に帰り着いた。貴ちゃんは眠ったまま。
「貴ちゃんどうしようか?起こす?」
「あ、愛ちゃん家に帰ってて。俺はこのままここにいるから」
「え?」
「疲れてるだろうから起こすのはちょっと気が引けるから」
結ちゃんはそう言って穏やかに微笑む。
「起きたときに車の中で一人だと寂しいから。俺はいつも起きるまで待ってるから愛ちゃんは先に帰ってて」
そういう彼の眼差しは優しい。
きゅーんと胸が締め付けられる。どこまでも優しくて、人の心に寄り添える人。
この人は本当にかっこいい。
「…じゃあ私も一緒に!」
私達は結婚して夫婦になった。運命共同体だ。結ちゃんと一緒にここで待とう。
「ありがとう。…だけど先に帰ってた方がいいよ。貴ちゃんは一度寝たら中々起きないから」
「…そうなの?いつもどのくらい?」
「うーん…日によるけど、大体2〜3時間くらいかな?」
「えっ!?今から!?」
「え?うん。最長は5時間くらい?」
…この人、優しい通り越してる。
「子供の頃は寝てても抱っこしてあげれたんだけどね。今はもう抱っこ出来ないから…」
「この貴ちゃんを抱っこは無理でしょう」
寂しそうに笑う結ちゃんに真顔で返す私。
貴ちゃんは身長は2mに近い。そしてラグビーで鍛えた身体はパンッパンッ。それを抱っこ出来ないって寂しそうに言う結ちゃんの方が怖い。
それが保護者の気持ちなんだろうけど。
私には分からない、気持ち。
「そんなこと無いよ。他の子は貴ちゃん肩車して走ったりしてるから」
「…もっと怖い」
絵面が。
「愛ちゃんが眠ったらお姫様抱っこでベッドまで行くよ」
「やめて恥ずかしい。ぎっくり腰になっても知らないわよ」
貴ちゃんいるから。恥ずかしいから。
「ならないよ。そして俺もそのまま一緒に寝る」
「…」
もうだめ。私の顔は真っ赤。
だってさ…かっこいいんだもん。
運転してる姿もそうだけど、後ろから見える輪郭が…
かっこよすぎて、吸い付きたい。
…ぷしゅー…。私はエンストです。何言ってるの私。
なんか結ちゃんと結婚してどんどん自分が書き換えられていく。
前はもっと自分主体で、恥ずかしくて恥ずかしくて…。
それが…
結ちゃんに触れたいし、いっぱい好きって言いたいし…
結ちゃんの全てにキスしたい。
〝目閉じてみ〟〝あれは俺のご褒美だったから〟
違う。あれは本当に私へのご褒美。私だって私から結ちゃんに触れたい。だけど恥ずかしさとプライドが邪魔して…。
だからそう見えるように仕向けただけ。
もうやだ。恥ずかしい。私はどんどん変になる。このままじゃ私、本当に…
結ちゃん無しじゃ生きていけない。
「貴ちゃんが起きたら戻るから。先に帰って、寝てていいよ」
私を気遣い、そう言ってくれる。
…今日は一緒にお風呂は無しか。
恥ずかしさより寂しさが募るようになってしまった私は…
もう結ちゃんから抜け出せない。