第12話 関係を進めるために、自分の正体を知りたい。
お兄さんと向かい合って座る。ちゃんと敷物の上に。
「ずっと……心配してたんやで」
話し方と気遣いは変わらない。お兄さんの目を見て確信する。お兄さんは昔のままだ。信用していい。
「そんな、心配なんて……」
三井の家に貰われて、必死になって標準語を覚えた。生家がバレることのないように。大奥様や正妻からの言いつけだが、俺の意思でもある。
もし、生家がバレる事があったらお兄さんに迷惑がかかるかもしれない。
それだけは避けたかった。お兄さんに〝他所で子供を作った男の子供〟のレッテルだけは貼らせたくなかった。
俺は存在してはいけない子供なのだから。
せっかく矯正したのに、京都のイントネーションに戻る。
標準語とミックスされたなんか変な喋り方だ。
「便箋、持っててくれはったんやなぁ」
「お兄さんから頂いたものですから」
二十八年ぶり。これまでの話は尽きない。
「今は養子先の経営する会社で代表をしております」
「それはすごいなぁ」
「……安心致しました」
「?」
「きっと……〝成れの果ては商人か〟とお家に恥を塗るかと思っておりましたものですから」
「お祖母様は言いそうやね」
生家一族は基本〝〇〇士〟〝〇〇師〟などの職業に付く。〝先生〟と呼ばれる仕事でなければ一生指を刺されて生きていく。
そんな中でやっぱりお兄さんは懐が深い。
「弟もおるんです。それも二人」
「私と一緒やなぁ」
お兄さんには正式な弟が一人。それと俺。
俺も数に入れてくれる、それも変わらず今も。優しい人だ。
〝ガボッ……ゴボッ……やめ……〟
〝あんたさんなんかこのまま沈んだらええわ。この疫病神が!〟
〝なにしてはる! 早よやめるんや!〟
〝お兄さん!〟
〝結仁くんは私の弟や。こんな事して許されると思うてはるのか?〟
〝私はコイツを弟とは思えません!〟
〝お前も……結仁くんも、私の大事な弟や〟
「……」
「結仁くん?」
つい、昔を思い出してしまった。
「はい。お兄さんのような兄には中々なれませんけど……」
「私のような兄目指したらあかんで。結仁くんは結仁くんやろ?」
「……お兄さんはお変わりありませんか?」
「今は結婚してな。子供が二人おる。男の子と女の子や」
「それはおめでとうございます。お家はご安泰にございますね」
「……柵だらけの家やけど、こうして親になって思うのは、こんな家でも繋いでいきたい。そればっかしや」
「……」
「子供に跡を取ってほしいと願うてならんわ。年やなぁ。」
「そんなこと……」
お兄さんは責任感の強い人だった。小さい頃から跡取りとして厳格に育てられた。
「決められた学校に行って決められた許嫁と結婚して、それでも今は幸せなんや。子も可愛い」
「そうですか」
うん、お兄さんは幸せそうだ。良かった。お兄さんの幸せが一番嬉しい。
「お兄さんと結婚されたお嬢様はお幸せですね」
お兄さんはとにかく優しい。気配りが出来て御当主としての器もある。お兄さんと結婚したらそれはそれは幸せになれるだろう。
「そんなことない。入籍を前に駆け落ちされてな」
「えっ!?」
「そうなると、うちの家から目ぇ付けられるから、向こうは一族総出で探し出してな。とっ捕まえられて、無理やり私と結婚したんや」
「それは……また……」
そんな人とでお兄さんは幸せなのか?
「お互い政略結婚で、顔も見らんと許嫁として親が決めた縁組や。結婚して五年は家庭内別居状態やったわ」
「……そんな」
「ゆっくりゆっくり、仲良うなってな。政略結婚と言えど、縁あった仲やから」
お兄さんはどこまでも優しい。幸せそうに懐かしんで微笑むお兄さんに安心した。
「お兄さんがお幸せなら、私も嬉しいです」
身の上話もそろそろ終わらせないと。
「お兄さん、今回ご連絡差し上げたのは一重にお願いがあるんです。」
「なんや、結仁くんからお願いされるなんて嬉しいわ」
俺は意を決して本題に入る。
「……私の母親の事を知りませんか?」
桑野さんを好きだと認めた。俺以外の男のものになってほしくない。俺だけのものにしたい。
ずっと蓋をしてきたこの気持ちを表に出すなら、彼女に対して誠実でありたい。
彼女の気持ちは分からない。振られるかもしれない。
だけど、得体の知れない俺がこれ以上踏み込むのは無責任だ。
俺自身が責任を取れない中で関係は進められない。
俺にどんな血が流れているか、これを確かめないと先へは進めない。