第19話 3時のおやつはスパダリさんと
「じゃあ、それとなく聞いてみるよ」
結ちゃんが提案する。
「何を?」
「愛ちゃんの事」
「やだよ。逆にそれで感づかれたら」
「上手く聞くよ。ペテン師だからね」
「…」
まあ…この外面良男なら…大丈夫か。私も気になってるし。
「結ちゃん3時のおやつは何食べたい?」
「3時のおやつ?」
「あ、結ちゃんは間食しないか」
お昼をお腹いっぱい食べて、それからソファーに座って、呼吸と会話という最低限な運動しかしていない。
お腹は空いてない。
だけど、3時。
あ、おやつの時間だー…と、思ってしまった私。
「愛ちゃん何か甘いのがいる?何か買って来ようか?」
「いえいえ」
なんて気の利く旦那様なのかしら、こちらの男性は。
「一緒に出かける?」
「いえいえ」
服着替えるの面倒くさい。ウエストきついし。
「…宅配頼もうか?」
「さっきからもう…」
この男と一緒にいると、私はどんどん楽な方向に流されていく。
「…よし、結ちゃん!一緒におやつを作ろう」
だけど、おやつ抜きという選択肢はもはや私の中には無い。
ここは、ヘルシーなお家おやつでベストでは無くともベターと行こう。
「おやつって作れるの?」
「…きみはそこからか」
「あ、そういえば頂いたお菓子を和室に置いてたな」
「なんだって!?」
ベターな選択肢が一瞬にして崩壊したよ!
「賞味期限がまだあったし、沢山あるから今度ラグビーの試合がある時にでも持って行こうと思ってたんだ」
「ああ、それならどうぞどうぞ」
なんだ。人様にあげるやつなら私も奪い取ろうとは考え…
「そう思ってかなりたまってるから、愛ちゃんが見ていいやつ食べよう」
「…きみはやっぱり肥満製造機でアルヨ」
「最後ちょっと中国の方みたいだったね。イントネーション」
私はこの男に今日も餌付けをされている。
✽
和室にて…
「わ、わ、わ〜!」
豪華な箱!お歳暮とかお中元みたいなのを想像していたら、全然格が違ったよ!さすがCEO!
「好きなのがあれば良いけど。…勝手に取って食べてよかったのに。ここに置いてるって事は愛ちゃんにも権利があるんだから」
「勝手に取るなんて出来ないよ」
「貴ちゃんはいっつも勝手に取っていつの間にか空箱になってるよ。人にあげようと思って持ったら軽くていつもびっくりしてたな。昔は」
「なんか目に浮かぶわ」
「中々お片付けが出来るようにならないからね。うちの末っ子は」
「父ちゃんが甘やかすからね」
「空箱を見ると、貴ちゃんが美味しそうに食べてる姿が目に浮かんで、その状況を俺も楽しんでいるからね。空箱さえかわいいよ」
「なんかそれも目に浮かぶわ…」
私もいそいそと物色。
「よし、これにしよう」
「いいのあった?」
「うん、パウンドケーキ」
これは切らないと食べられないから、ラグビーには持っていけない。結ちゃんが誰かにあげるにしても、これは見た中で一番賞味期限が近い。これはここで食べてあげないと、このパウンドケーキちゃんがかわいそう。
…と、自分に言い訳をする。
「さ、食べよう」
だけど、私の目はもう飛んでいる。早くこれを開けて目に、胃に入れてあげたい。
✽
「すっごい、ケーキね!」
箱が小さかったから罪悪感薄れてたけど、開けてビックリ玉手箱!カットした断面に大きな栗と黒豆がゴーロゴロ。
「…」
チラリと結ちゃんを盗み見る。こっちを気にした風なく、お茶をいれてくれている…。
「…」
もう一度パウンドケーキを見る。今、端から2cmの厚さで切った。端だから、切った私が食べようと思ったんだけど…
…だけど、
(…ゴクリ)
無意識に手が動き出す。…嘘です。めっちゃ意識しています。
…かなり、厚く切ろうと…。
「…さ、結ちゃん、食べよう」
どう見ても厚みが違う。切った私が端を食べるの、大丈夫。
「「いただきます」」
ダイニングルームにて、いざ実食。
「愛ちゃんの薄くない?」
「えっ?」
「俺のと変えようよ」
「いえいえ、切ったのは私でございますから」
この男は目ざとい。…いや、これは誰が見ても分かるか。
結ちゃんに与えたケーキの厚さは正に6cm。4cmも違えば誰でも分かるよね。
「俺はいつも端担当だから変えよう」
「たまには中央を食べてみなされ」
「…じゃあ半分あげるよ」
「いえいえ」
何をおっしゃいます、お坊っちゃま。
「食べさせてあげようか」
「は!?」
「俺のを愛ちゃんに食べさせて、愛ちゃんが逆をしたら丁度いい」
それは俗に言う〝あ~ん〟を延々とやり続けるという…
「結仁さん、交換しましょう」
「ちぇっ」
結果、6cmケーキが私のもとに。
…意図ありかどうかはご想像にお任せしますよ。
「おおお美味しい〜!」
「美味しいね」
何これ!よくあるパウンドケーキのパサパサがなったくない!しっとり、寧ろじっとり。濃厚な香りとゴロゴロの栗と黒豆が…最、高!
「こんな美味しいものがあったなんてね」
ほっぺたが落ちるってこの事。うっとりと涙まで出そうですよ。素晴らしいお味です。
「か…」
「何よ」
「…香りがいいね」
「そうだねー」
何か言いかけたけど、香りね。うん、分かる分かる。
「やー、良いもの貰いますね」
「ありがたい事にね」
「結ちゃんがいっぱい与えてるからだよ」
「そうだと嬉しいね」
…やばい。いくらでも食べれる。6cmじゃ足りない。一本いける。両手で掴んで、むしゃむしゃと食べれる。
なんて危険な!
「…俺のあげようか?」
「はっ!?」
分厚い私の方のパウンドケーキがなぜか残り少ない。
「…結ちゃんの方が…少なかったよ…」
「端も食べ応えがあるよ。味変だよ」
「なんてお言葉!」
まさか結仁様からそんなお言葉が頂戴されるとは!
「…って言って貴ちゃんがいつも俺のを食べてるよ」
「…そう…」
私は貴ちゃんと同レベルか。
「で、美味しいーって喜んでくれるから、俺は最高の気分にいつもなってる」
「…」
そう言われますと…食べて差し上げるのがこの世の常ってもんじゃないかい、お前さん。
「そうかい」
「…なんか急に時代が変わった感じだね」
「お前さんがそこまで言うなら」
「…ふっ…はい…どうぞ…」
「笑いを堪えんでいい」
結果、夕食前にパウンドケーキ6cmプラス2cmの3分の2。
私はこの肥満製造機に、今日も餌付けをされている。