第11話 半分血の繋がった兄。28年ぶりに声を聞く。
それから4日後
仕事中に携帯が鳴る。登録されていない番号だ。
「はい?」
「――結仁くん?」
「!」
(っ……)
息が止まりそうになる。その声は低く変わっていた。だけど間違えない。確信がある。
――お兄さんだ。
「はい……お兄さん」
急に声が小さくなる。泣きそうになるのをなんとかして堪える。
二十八年ぶりのお兄さんの声だ。
間違いない。
手紙には、今は元気に暮らしている事と電話番号だけを書いた。
名字や住所は書いていない。お兄さん以外の人の手に渡ったときのためだ。
三井の家で暮らしていた時も一度も忘れた事はない。お兄さんは俺の兄としての模範であり、理想像だった。
✽✽✽
それから一週間後、とある会員制の料亭で俺はお兄さんを待つ。
あれから今は東京に住んでいる事だけを伝えた。二十八年も経っている中、お兄さんを全面的に信じることは出来ず全てを言うことはしない。するとお兄さんが近く東京に来る用事があったため、ここで会うこととなった。ここなら秘密を保持出来る。お兄さんにとって俺と会うことはデメリットしかない。俺はお家の恥さらしだからだ。つまり、会ったことがバレる心配はない。
約束の三十分前。何があろうとも本家ご長男より遅れる事があってはならない。俺は下座に敷物を避けて正座する。
ここまでトントン拍子だった。流れに乗っている。始めよければ全て良し。大丈夫。
緊張する気持ちを抑えて自分に言い聞かせる。
約束の二十分前、お兄さんは律儀な人だった。必ず約束の時間より早く来る。あと十分以内には来るだろう。
落ち着け……
こんなに緊張したのは俺が筆頭株主になった最初の株主総会の時以来かもしれない。叔父さんから会社を返してもらう。その勝負の日だった。
「お連れ様がお見えになりました」
約束の十五分前、やはりお兄さんは人を待たせない。
俺は深々と頭を下げる。
京都の家は礼儀作法を遵守していた。それと身分の位。正妻の長男と俺とでは身分の差は明らか。
大丈夫、礼儀作法は身体が忘れていない。
襖が開き、閉められる。俺は頭を下げたままだ。
「結仁くん、頭を上げてや」
「……この度は本家ご長男にお目通りが叶い、」
「結仁くん」
頭を下げたまま決められた言葉を言おうとすると遮断された。
「付き人は車で待たしてる。ここには私と結仁くんだけや。何も心配することない。」
……やっぱりお兄さんは気遣いの達人だ。俺はソロソロと頭を上げる。
目の前に俺の目線に合わせて屈んだ、お兄さんがいた。
「大きゅうなったなぁ……」
お兄さんが目を細めて、声を震わせて言う。
二十八年、月日はあまりにも長かった。目頭が熱くなり、必死に堪える。
池に沈められる度に泣いていた。その度にお兄さんが助けてくれた。
泣き虫だと本家の次男にからかわれた。使用人もあざ笑った。
俺は人前では絶対泣かない。泣かない……!
三井の家で暮らしていても、忘れた事はなかった。
〝本当のお父さんとお母さんに会いたくない?〟
お母さんから言われる度、いつも思った。
いるかいないか分からない父親と、俺を捨てた母親に会いたいなんか思ったことは一度もない。
ただ……もし、もし、もう一度だけ会えるとしたら……
ずっと、ひと目だけでいい……会いたかった。
〝結仁くん〟
お兄さんだ。