第13話 私が一生添い遂げる人
「あ…お久しぶりです。こんにちは…」
声をかけられ振り向くと、結ちゃんと知り合った時のパーティーに出席していた男性がいた。名前は佐藤さん。
「桑野さんだとすぐ分かったよ。綺麗だからね」
「お上手ですね…。ありがとうございます」
「俺の目は美しい物しか見たことがないんだ!ほら俺、親も金持ちだし〜」
当時、連絡先を聞かれ数回メールのやり取りをした。
職業は医者。親も開業医。
…こういう事ばかり、私の頭はインプットする。
「今日は旅行?こんなところで会えるなんて運命を感じるよ。それか…まさか僕をつけてたりして?いるんだよな〜。そういう人!」
「…結婚して、こっちに住んでいるんです」
ほら、私の周りにはこういう自信満々の上から目線野郎が寄ってくる。私はこれが大嫌いだ。
バカにするな、って思う。
「は!?俺聞いて無いけど!」
当たり前よ。
「つーか、連絡してるのに全然既読にならないんだけど!まさか拒否ってるわけ!?」
あんたのメールが〝俺が俺で俺がさぁ〜〟ってなったから〝仕事が忙しくて暫く連絡取れません〟と送ったのを最後に連絡先を消して拒否したのよ。
終わったと思ってたのに、まさかまだ連絡を寄越してたとは…。
「俺以上の男なんていないのに!桑野さんもバカだなぁ」
ほら、やっぱり上から目線。
「素晴らしい人ですよ」
私も対抗して挑発的に言い返す。
(医者だし、結ちゃんの仕事には影響しないはず…)
「彼以上の人に出会った事がありません」
凛として言い返す。
私と対等に接してくれる人。
寧ろ下手に出て、私を立ててくれる人。
傲慢でも、高圧的でも無い。
どんな人に対しても思いやりと礼儀を持って接する人。
私が一生添い遂げようと心から誓った人は、人の気持ちが分かる人徳者よ…!
「はっ…桑野さんって結婚したから?結婚する前の方がおしとやかで良かったけどな」
それは私がそう見せてただけ。素はこっちよ。
「俺を選ばなかったから、おばちゃん街道まっしぐら!」
流石にキレそう。怒鳴りつけてやりたいけど、ここは静かな書店内。それに…結ちゃんとまたパーティーで会う可能性もある。
…仕方ない。
「足止めしまってすみません。私ももう帰らないと。それでは失礼致します」
怒りに満ちていた私を押さえて、微笑んで会釈。
そして足早にその場を後にする。
「……!」
背後から奴が何か言ったようにも聞こえたけど、振り向かない。
引き返さない。
相手にしない。
(結局…結ちゃんの症状が分からなかったな…)
それだけが心残り。
✽✽✽
「何があったの?」
夜、私のいるゲストルームのソファーで寛いでいる結ちゃんから質問された。この男は目ざとい。
「…いや〜」
言うべき?言わないべき?
〝俺以外の男と喋るの禁止〟って言ってたしなー。うーん。
「サラッと出来ない隠し事なら、後で苦しくなるよ」
「ゔ…」
黙っていたらズバリ言い渡されましたよ。
(…そうだよね。ここで言わない方が逆に結ちゃんを傷つける)
「実は…」
私は昼間の出来事を結ちゃんに隠す事なく伝えた。
「おいで、愛ちゃん」
「?」
何を言われるかと思っていたら手招きされた。
立っていた私は結ちゃんの方へと進む。
…と。
――ギュッ…
「悔しかったよね」
優しく腕を取って引き寄せ、抱き締められて、そう言われた。
「…うん……」
耳元で聞こえた穏やかな声に、ずっと強ばっていた私の緊張の糸が解けた。
そして不覚にも、この男の柔らかな低音に安心して…
涙ぐむ。
「ふぅ〜…」
「あー、めちゃくちゃかわいい。食べちゃいたい」
声を出して泣いてしまったら、結ちゃんが宥めてくれて…涙に濡れる私の頬に唇をつける。
「悔しい!結ちゃんにもバカにされた!」
「そう?」
「うぅ…バカー!ペテン師ー!」
「うん。そうだよ」
泣いてしまったのが悔しくて、結ちゃんに八つ当たりすると、穏やかに私に併せてくれる。
本当は佐藤さんに苛立ったのと同時に…恐かった。
一対一で…いざとなったら何かされるかも知れないと思って恐かった。
それを、一生懸命虚勢を張って…帰ってきた。そして、何事も無かったように過ごしてたつもりだった。
〝何があったの?〟
それを言い当てて心配してくれて…
私の気持ちに寄り添ってくれて…
ああ…もう大丈夫なんだって…。この人の前では素直になっていいんだって…
男性に対して虚勢を張り続けた人生を、もう終わりにしていいんだって…
結ちゃんが…全部丸ごと包んでくれる。
「…なんで私が泣かないといけないのよ〜!」
悔しい。男の人と言い合って恐くて泣いてるなんて…負けたみたいで、プライドが傷ついた事を結ちゃんにあたる。
「泣いてるの?…愛ちゃんは泣いてないよ」
結ちゃんは私を抱き締めていて顔は見えていない。だけど、濡れた頬にキスして涙を拭ってくれてる。
つまり、私が泣いているのはバレバレなわけで。
…それでも、私のプライドが傷つかないように気付かないふりをする。
「泣いてない…」
「うん、いつか見せてね」
「見せない。一生」
「見せてよ。俺、夫だよ?」
「知らない。バカ…」
「うん…」
昔、結ちゃんの目の前で泣いた事もあるのに、それには触れない。プライドの高い私をこんなに甘やかしてくれる人。
「好きだよ」
「…知ってる」
屈託なく言われて、恥ずかしくて…ぶっきらぼうに言い返した。
本当に…私には勿体無いくらい素晴らしい人。
私も大好き…。