第10話 腕枕子守唄と思ったら、俺の奥さんあまのじゃく
愛ちゃんと別れて、母屋のシャワーを浴びる。
電気は着けている。…ここも克服した。
「……」
じっと、浴槽を見る。
今日はアルコールが入っているから、どの道湯船には浸からない。ただ…気づいてしまった。
〝溜まった水を克服したよ〟
…あれは幻想に過ぎなかった。
一人になった時、俺は湯船には浸かれない。溜まった水は…恐い。
(ずっと見てると…吸い込まれそうだな…)
パっと湯船から視線を外して身体を洗う。
早く風呂から出たい。
「……」
ずっと揺れるバスタブの水面が脳裏に焼き付いて離れない。
早く、ここから出ないと…
早く、早く…
水が…追ってくる…!
✽
なんとか全ての日課を終わらせて自室に戻り、ベッドに倒れ込むようにダイブする。
「疲れた…」
なんだか酷く身体が重い。
歩いて帰らなかったから?ルーティンを壊したからなのか…
「冷たい…」
しばらく使っていなかった自分のベッドはとても冷たく感じる…。
ここには、穏やかな一時も、まろやかな時間も、温かみも…
何一つ無い。
(目を閉じていれば眠くなるはずだ。早いとこ寝付ければ…)
なんだか恐くなって、必死に目を閉じる。
――ちゃぷん…
あ、やばい。
〝ガボッ…う゛ぇ…〟
水が…
水が追ってくる…!
……助けっ…!!
――コンコン
「――っ…!!」
扉をノックする音が聞こえて、覚醒した。
(寝てた…?)
なぜか何も思い出せず、音のした扉の方に歩いて行く。
(…こんな夜更けに。気のせいかな?)
――カチャ
「こんばんは」
扉を開けて、絶句。愛しい愛妻が深夜を過ぎてやってきた。
枕を抱えて。
「……夜這い?」
「はあ!?違うわ!」
「貴ちゃんが起きるよ」
「あ。ごめん…」
急に小声になる。俺と貴ちゃんの部屋は目と鼻の先。
まあ、貴ちゃんは一度寝ると中々起きないけど…。
「結ちゃんが寂しいだろうと思って、お母さんが添い寝してあげよう」
そう言って、部屋の中に入って来た。
「…綺麗にしてるねぇ」
固まってる俺を余所に辺りを見渡したあと、俺のベッドに枕を置く。
「はい、結ちゃんもおいで。もう深夜過ぎてるよ」
ベッドに入り、自分の横をポンポンと叩く愛ちゃん。
「…誘ってくれるのは嬉しいけどさ、ここじゃ手を出せないよ。貴ちゃん近いし」
「はあ!?あ、当たり前よ!何考えてんの!」
「知りたい?」
「…っ!と、とにかく…!今日は私が結ちゃんに腕枕をしてあげるから、おいで」
は?腕枕?
「お母さんがよしよししてあげるわよ。さあ、おいで」
全く意図が分からないが、もう深夜。ここで言い合うのはやめよう。
「…失礼します」
なんだか挙動不審に愛ちゃんの隣に横になる。
あ。
「温かい…」
じんわりと、温もりを感じる。愛ちゃんと結婚して初めて知った、温もり。
「今日もお仕事よく頑張ったね」
「うん…」
愛ちゃんの手が伸びてきて、胸元に頭を抱きかかえられる。
「私、この結ちゃんの後頭部から首のラインが物凄く好きだな」
「…また物凄くマニアックだね」
他愛もない話をしながら、頭を撫でられ、その心地よさにうっとりする。
「よしよし、ねんねーころりー」
「……」
愛ちゃんの穏やかな子守唄に誘われて、うとうとと…段々と目を閉じ俺はそのまま朝までぐっすりと熟睡した。
✽✽✽
――チュンチュン
朝、小鳥の囀りで目を覚した。
(あー、よく寝た)
随分ぐっすりと眠っていたように感じる。
もぞもぞとホールドされている腕を解き、時計を見る。
(4時50分…)
俺が起きるまであと10分ある。
「……」
じっと愛ちゃんを見る。
(腕、壊れてないかな)
朝になって気づいたけど、頭を抱きかかえられていた。悪いことしたな…
「ん…。朝…?」
「おはよう」
かわいい愛妻がお目覚め。めちゃくちゃかわいい。
「腕大丈夫?」
「…大丈夫じゃない」
「マッサージでもしようか?病院行く?」
「痺れてるだけだよ…」
まだ、眠そうな愛ちゃん。
「結ちゃんは?」
「俺?二日酔いはしてないよ」
昨日は結構飲んだ。だけど、二日酔いはしていない。
なぜかスッキリしている。
「そう…良かった…」
そう言ってへにゃりと笑う愛ちゃんを見て、朝から最高の気分になる。
「かわいすぎる…」
「わーお…」
出た。照れ隠し。
「結ちゃん今日からお酒禁止ね」
「…なんで?」
照れて覚醒したのか、愛ちゃんがハキハキと話しだした。
「不自然な食べ物も禁止」
「俺は愛ちゃんが作ってくれる物しか食べないよ」
「外での付き合いの話」
「…俺、どこか弱ってる?」
愛ちゃんには不調のチェックを日々受けている。
「悪夢は消化が終わってない証拠」
「悪夢?」
ぐっすり熟睡したけど…
「朝はお粥にしようね」
「愛ちゃんのお粥は最高に美味しいよね」
前に作ってもらって食べた事がある。とろとろとしていて芯から温まる、のど越しがいいお粥。
「結ちゃん…本当に大丈夫?」
また心配される。なんだろう。
「あ、甘えたこと?」
「え?」
「愛ちゃんが自堕落な生活に終止符を打ちますって言ってたから、俺もたまには一人で寝ようと思ったんだけど」
結果、また愛ちゃんに抱きついて寝てた。
俺はこの生活になってどんどん自堕落になっていく。
「甘えたらいけないなって…」
「…私のとは意味が違うよ」
「意味?」
「…結ちゃんは自堕落じゃない。好きなだけ甘えていいんだよ」
「そう?なら、お言葉に甘えて…」
「…?わ!わっ…ちょっと!ストップストップ…!朝!〜起きるよ!」
「ちぇーっ」
甘えていいって言ってくれたのに。俺の奥さんはあまのじゃくだ。
…ちょっと調子に乗りすぎたかな?
お言葉に甘えて何をしたのかはご想像下さい(笑)