第8話 論争は続くよ、どこまでも?
「私が浮気でもすると思ってるの?」
この大きなベイビーは心配性。
「愛ちゃんを疑っているんじゃない」
そして、独占欲が強い。
「愛されてるわねー、私は」
恥ずかしくなる前に、戯けて誤魔化す。
「そうだよ。宇宙ー愛してるからね」
「なっ!」
白昼のレストランでなんて事を!しかも堂々と!
恥ずかしい!恥ずかし過ぎる!
「変なところに行って、男に絡まれるんじゃないかって気が気じゃない」
「結ちゃんが心配性なだけだから!」
恥ずかしくて、言い返す。
「運動したいなら、俺も行く」
…断固たる決意を口にされましたよ。こちらの男性は。
「平日の昼間に行きたいの」
私は主張。結婚して一ヶ月。結ちゃん家はキヨさんを始め、大西さんファミリーというお手伝いさんがいる。つまり、私はあまりする事がない。
そこで、気づいてしまった。
昼間のワイドショーという娯楽に。
テレビは見ないという決意は何処へやら。お昼ごはんを食べた先から、煎餅片手にワイドショー。
これが…非常に楽しい。
「自堕落な生活に終止符を打ちます」
「自堕落?」
「少食にして、しっかりと身体を動かすの!」
「俺の奥さんという重労働をしてるよ」
「…きみはダメ人間製造機か」
これ以上私を甘やかしてどうするの?見る影もなく太って、こんなはずじゃなかったなんて思われたら…
「ダメになっていいよ」
「え?」
「…俺無しじゃ生きていけなくなったらいい」
しっかりと私の目を見て…はっきりと言われた。
「……」
「…なんてね。食べよう。冷めるよ」
「あ…うん…」
そう言ってその会話は終わり、料理を食べ始めた。
なんだろう…さっきの違和感。
幼児返りでも無い、あっちの世界に行ってる訳でもない。
なんか…
初めて見た…かも…
✽✽
「あー、美味しかった!ごちそうさまでした!」
何はともあれ美味しく完食。
そして気付いた。結ちゃんは私の知らない顔をまだ持っている。
あれから普通に食事を始めたものの、なんか…なんか違和感。
目の奥が…笑っていないというか…
なんだろう、温かみの無い目。
なんて表現したらいいのかわからないけど…
彼の心の傷は計り知れない。…それを彷彿させるような目。
…無機質というか
あ!そうだ!…ロボット……!
目が付いているんだけど、熱が無い…。
目が合ってるんだけど、視線が合って無い…。
今、結ちゃんの目はそんな感じ。感情の無い、目。
どうしよう。いつから?なんかダイエットの話くらいまでは私の知ってる結ちゃんだった。
「…今日は子守唄を歌ってあげるね」
なんとか元に戻って欲しくて、微笑む。
…が、当の結仁お坊っちゃまは無言…。
「…膝枕付きだよ!」
無言の結ちゃんに明るく振る舞う。
すると…ようやく、結ちゃんと視点が合う。
ホッとしたのも束の間…
「きっと愛ちゃんの気絶落ちだよ」
「んなっ!」
いじめっ子に戻って、上から目線で言われる。
「それから俺は堪能して寝るから、膝枕子守唄はそれより前でお願いします」
〜!心配して損した!バカにしたように笑って!
「知らない!腹黒大魔王!」
ぷいっとそっぽを向いて言い返す。
でも、やっぱり心に引っかかっている。
結ちゃんは過去は乗り越えたと言ってるけど…
大丈夫かな?
私も、だからこそ…幸せにしたくて、ここに来た。
いつか…この…愛しい人の全ての顔を…知れたらいい。
✽✽✽
あれからデートを楽しんで、家に帰りいつものように過ごした。
そして、夜。
私のゲストルームで買った枕を二つ並べたのだが…
「枕が並んでるのもいいね。夫婦って感じ」
意気揚々としている彼の横で、ベッドに横たわり指一本動かせない私。
「あー、かわいい」
私の横に肘をついて横向きに寝転がるペテン師さん。
結ちゃんの本来の部屋は貴ちゃんの部屋と近い。
だから貴ちゃんの部屋から離れた私のいるゲストルームに結ちゃんは来る。
いつも大体気絶落ち。
今日はちゃんと意識はある。…動けないし、声も出ないけど。
「かわいい」
(かわいいって言わない約束なのに…)
悪態をつきたいけれど、息も絶え絶え。なんとか首だけ動かして、結ちゃんを見る。
――ドキッ
胸がドクンと脈打つ。
目の合った結ちゃんがうっとりするような、穏やかな視線を私に向けていて…
「俺の」
そう心底嬉しそうに呟いて、私の頭を撫でる。
「眠っていいよ、疲れたよね?ありがとう」
私の髪と髪の間に梳くように指を通して囁く彼の心地良い低音に…
私は誘われるように目を閉じた。