第6話 スパダリさんの要望
「なんであれ、枕は2つあった方がいいよ。二人なんだし」
「…」
絶対納得してない。ぶすっとしてる。そうこの背中が語ってる。
「…お揃いの枕カバーを買って、2つ並べて置いてたら夫婦って感じしない?」
…最近知った結ちゃん操縦法。独りぼっちな幼少期を過ごした彼は〝同じ〟とか〝一心同体〟と言ったワードに弱い。
今回は〝お揃い〟と一心同体を表す〝夫婦〟。
寂しがり屋の甘えん坊には、これが聞くはず…
「…買うのはいいけど」
(お、きたきた)
結ちゃんが口を開いた。そして振り向かれた。
(…ドキッ!その角度もイケメンねー、この子は)
「俺は愛ちゃんを抱き枕にしないと眠らないから」
…。
出た。幼児返り。
「だいたい愛ちゃんが〝恥ずかしい〟って言うからスペースをわざと開けてるけど、俺はもっと抱きしめて寝たいの」
「はっ!?な…な…!」
太陽サンサンの街中の歩道で急に堂々となんてことを…!
「今だってスペースあるし。歩道も狭いんだからもう少し密着してよ」
「んなっ!」
なんてことを言うのこの子は…!
最近ようやく慣れた腕持ちにまで文句をつけてきたよ!
…確かに、ソロリ。そんな感じだけど…
「いいよ。昼だし、人が沢山いるから恥ずかしいんだよね。俺の奥さんは」
ちょっとその言い方には棘がないか?
「家で二人きりだと俺の腕をがっちりしっかり握ってくれるからね。俺の奥さんは」
「〜〜!!」
してやったりな上から目線。確実にバカにしてる。やられた!
「俺だけしか知らないなんて、あー幸せ。今日も最高だね」
確実にディスカッション態勢に入っていたら、今度は急に恥ずかしい言葉を並べ始めた。
(そんな幸せオーラ出さないでよ。さっきまでの空気はどこに行ったのよ…)
「〝お揃いの〟枕ね。行こう」
そう言って微笑むスパダリさんに…完敗。
そのかっこよさに負けました。照れました。
「うん…」
そう言って、私もさっきまでより少し体を結ちゃんに寄せる。
だってさ、ドキドキするんだよやっぱり。
私より手が大きくて、がっちりして…
私より首もしっかりして、この斜め後ろから見える首から耳のラインが…
私とは違う結ちゃんの男らしさに…
クラクラするの。
(恥ずかし…くない!いつもより距離は離れてるし、大丈夫!)
なんとか自分に言い聞かせて、結ちゃんの隣を歩く。
…眩しいほどに、この人が好き。
✽✽✽
枕を買って、ランチタイム。
同じデパート内のレストランにやってきた。
「やー、なんにしようかな!」
何ともきらびやかなメニュー。どれも美味しそう!
悩む悩む悩む!
「大丈夫?」
メニューに釘付けになっていたら、スパダリさんに話しかけられた。
「何が?」
「さっきデザート食べたばっかりだから、お腹減ってないのに無理して食べるんじゃないかって…」
「!」
結ちゃんは鋭い。と言うより、目ざとい。
…そう。結婚して東京に来てから私の食欲は暴走している。
雑誌で見るだけだったお店が全て揃っている。満腹は万病の元と知りながら、憧れのスイーツ達を前に衝動が抑えられず…。
しかも、スパダリさんから頂くお金がたんまりとありますもので…
はい。つまり、値段気にせず買える状況にもなったのですよ。
東京に来て一ヶ月、かつてない勢いで食べる、食べる、食べる…。
人間の体って凄いんですよ、皆様。
胃は自由自在に膨らませることが出来るんです。
今だって、お腹は空いていない。だけど、食べたい。
「無理して頼まなくてもいいよ?」
「…無理はしておりません」
この男は気づいているに違いない。…わたしが太った事を。
いや、太ったなんてかわいいもんじゃない。
今の私を表現する言葉。それは…
肥えた。
結ちゃんに指摘されなかったから、ずっとお腹を凹ましてカモフラージュしてたけど…ここに来て言われるとは。
「…あんに太ったって言いたいのよね?」
「解釈がネガティブだよ」
「…」
…一緒にお風呂に入る仲ですから。私の腹が出てきた事に気づいてるんだ。どうしよう、なんて恥ずかしいの!
痩せたい、食べたい、痩せたい、食べたい…
「俺、ふくよかな方が良いから健康の範囲内で太ってね」
「…は?」
落ち込んで下を向いていると、スパダリさんからサラッと爆弾発言が…
「不健康で俺よりも短命はダメだけど、健康的に太る分には寧ろ好都合です」
「…なにが?」
なんかあんまりよく状況が掴めないけど、このスパダリさんは、もしかして…
デブ専?(ふくよかな方を専門に好きになる方)ですか?
「細いと、ちゃんとご飯を満足に食べれているのか心配になるから」
「……」
「ふっくらしてる方が満たされてるんだなって安心する」
…スパダリさん。
そう言うスパダリさんは遠くを見てる。そこで私は初めて結ちゃんの伝えたい事が分かった。
(…自分の…食事が食べられなかった過去に重ねているんだ)
ここは、私のダイエットの話は置いといて、結ちゃんフォローに専念しよう。
「結ちゃんが抱えきれなくなっても知らないよ?」
「身体鍛えないとね」
おどけた私を見て、結ちゃんが笑う。
遠くを見つめていた結ちゃんがこっちの世界に戻ってきた。
…幸せにしてあげたい。
改めて、思った。
言い合いながらも仲の良い二人です(*^^*)