暗闇と老婆
車の機械音すら響かない静寂な夜明け前の歩道をノロノロと走っている。手抜き工事によるものか、デコボコの歩道は時に下半身への痛みをもたらすが、ただでさえ遅いスピードが亀の歩みになったとしても走ることは決してやめない。なぜなら静寂と暗闇は味方だからだ。太陽が上空を支配する時間には大勢の人間が現れ、ハイエナのように獲物を追いかけては息の根を止めるが、暗闇に支配された時間には安住の地で次なる太陽の躍動を待ち望むだけで、外の獲物に払う注意は散漫になる。暗闇の時間は好機であり小さな生命が躍動する天来の場所だ。あらゆるものに敗北してきた自分にとって、暗闇に紛れながら走ることが唯一の生き甲斐でありアイデンティティなのだ。
有効活用されていないガラガラの車道を横目で見ながら、疲労のせいで速力の落ちてきた体に鞭打って走り続けていると、前方にある光源が視野に入り憎悪の感情が沸々と湧き上がってきた。それは僅か三色で人間の行動を束縛する装置であり、これまでに私の歩みを幾度となく妨げてきた悪魔だ。この信号を視界に捉えるといつも、数多の人間が躍動している日中ならともかく、敗者しかいない夜明けに必要なのかと疑問に思う。なぜ私たちの些細な歩みに遅延をもたらすのか。
信号の前にやってきた私は前方で輝く深紅の光を恨めしく思いながら、善良な小市民でありたいと願って従順に立ち止まる。ハイエナ自体は一匹もいないのに、そのハイエナが作り出した装置ごときに足止めを食らっているのは情けない話だ。早く歩みを再開して横断歩道を渡り、街灯すらない暗闇の道を走りたい気持ちで溢れているが、この信号は赤色を放っている時間が非常に長いことを私は知っている。
立ち止まってから数十秒後に諦観の境地へと達した私は緩慢な動きで周囲を見渡してみると、右手側にある歩道で腰の曲がった老婆が街灯に照らされており、こちら側の歩道へ向かって歩いているのを発見した。遅々として進まない老婆の歩みに私は親近感と優越感を覚えて、前方に輝く赤い光にも当然ながら平伏するだろうと考えていた。しかし、私の傍までやってきた老婆は立ち止まって私の方を一瞥したあと、小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと赤信号に頓着せずノロノロと向こう側へと渡り切ったのだ。
街灯の光がない暗闇を鈍重な動きだが確実に進んでいき、ついに老婆は漆黒の闇と同化した。信号が青になっても私は歩き出すことが出来ず、ただ茫然と立ち尽くすばかりである。
どれくらい立ち尽くしていたのか気付けば夜明けが到来していた。明るさが増した前方を見ても悪党の老婆は存在しない。激しい心臓の鼓動と頭部全体に発生している鈍い痛みを感じながらも、老婆の残滓を追い求めて私は赤信号を渡り切り、新しい人生を彷徨い始めた。
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