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第四十話 伯爵領の悪魔 その23

先ほどまでの激しい攻防を廃し、戦場にはしばしの静寂がこだまする。それはノヴァの撃滅魔法の発動時間であり、ユウサイのすべてをかけた一太刀への集中時間でもある。


「さあ、もはやこれほどの魔術、我にも制御はきかん! 行くぞ!」


 とうとうノヴァは魔法の完成とともに声を上げる。そして恍惚とした笑みを浮かべながら自らが生み出した最悪の塊をゆっくりとユウサイに向けて放つのであった。


 しかし、ユウサイは一向に動く気配はなく、いまだ、その構えを崩すことがない。にもかかわらず、より一層、ユウサイから発せられる狂気じみたオドの奔流をその場にいたすべての生物が一瞬にして悟った。


 まさにその一瞬、信じられない出来事が始まろうとしていたのだ。


 ノヴァの放つ最悪の塊がユウサイに肉薄するその瞬間、とうとうユウサイは構えた刃を突き動かす。その刃がどのような軌道を描いたのか、(おそらくは一直線に前方を貫く一太刀なのだろうが)誰も目にすることはなかった。あまりにも早すぎるその刃を人間の瞳ではおうことが叶わないのだ。


 だが、それでもなお、結果を直視することはできる。


 ユウサイの刃が放たれた瞬間、



――世界に亀裂が生じた――



 地平線を引き裂くように、夜空を分断するかのように、ガラス細工のように世界がその刃によって貫かれたのだ。


 遠目からその姿を見ていたエルザはもちろん、弟子であるカズヨシにすらも到底信じられるものではなかった。


「な、なんですか、あれ?」

「知りません、あんなの、知りません」


 亀裂から漏れる世界の光はくっきりと二人からも視認できる。しかし、今だに瞳に映るその光景はどこか現実味がなく、受け入れられるものではなかった。


 ユウサイは間発入れずに貫かれた世界をなおもユウサイの位置とノヴァの位置とを結ぶように一直線に斬り上げる。


 ひび割れた世界の亀裂はノヴァもろとも魔法を引き裂く。そして、ひび割れた世界は修復していくかのように周囲の物体を掃除機のように吸い寄せ、跡形もなく魔法は消失し、ノヴァも同様に苦痛とも嬌声ともとれる叫びを上げながら吸い寄せられていく。


 そして数秒も経たずに何事もなかったかのように世界の亀裂は元通りに修復され、その時にはノヴァは口以外のすべての体を失っていた。


「よもやこれほどとは……いやはや、やはり見事」


 もはや戦う力を残していないノヴァは口だけになってもなお、優しくユウサイに称賛の言葉を贈った。


「我の完敗だ」

「ワシもお前さんの提案がなければどうなっていたかわからんさ。貴様はワシがであった何者よりも強かった」

「フフフ、我は貴様にかすり傷一つつけられなかったというのに、よく言う。ユウサイよ、それほどの力を得て貴様は何を成すつもりだ」

「ワシはな、自分の実力に満足がいっとるわけではない。ゆえに今の実力をもって更なる高みを目指す。それのみだ」

「フフフ、愉快愉快。では一つ忠告しておこう」

「?」

「近々、公王どもが動き出す。奴原は強いぞ。貴様が更なる高みを目指すというのであればいずれ相まみえることになるだろう。心しておけ」

「公王? なんだそれは?」

「話してやりたいところだが……ああ、残念ながら時間切れだ。さらばだ。愛しき難敵よ」


 その言葉を吐きながらノヴァの残った体は光となって夜闇に溶けるようにじりじりと消えていった。


 消えゆくノヴァをユウサイは静かに見送り、刃を鞘に納める。同時に自分の生をまざまざと感じとった。


 ノヴァほどの悪魔を前にし、さすがのユウサイもはじめは死を覚悟していた。結果こそ無傷ではあるが、それはあくまで、一撃でもまともに食らえば即死であるからという話で、いうなれば勝利のための絶対条件の一つなのだ。


 先ほどの世界を斬り裂く奥義も、全神経をそのことのみに集中させ、その空間を空気の流れ、地面の微生物の動き一つ一つ、すべてを把握して、奇跡的に条件が重なってようやく発動させることができるものである。仮にノヴァがあのような提案をしてこなかった場合、本当に勝敗はわからなかったのだ。


 ゆえに、いまだユウサイには年甲斐もなく、ふわふわと不思議な高揚感が沸き上がり、今すぐにでも発狂してしまいそうなほどであった。


「師匠ー!」


 しかし、ユウサイを現実に引き戻す聞き覚えのある少年の声が村から響き渡る。カズヨシが荷車を引いてこちらに走ってきたのだ。


「早く乗ってください! 逃げますよ!」


 見えはしないが、兜の下で切羽詰まった表情でカズヨシはユウサイに荷車の一角を指さす。


「けがは大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃないですよ! でも、村がほとんど壊滅状態です! 今だったら村人に文句を言われる前に逃げれますよ!」


 カズヨシの言葉を聞き、ユウサイは周囲を見渡す。


 まさに地獄絵図である。かの第六天魔王であろうともここまでの蛮行は行わなかっただろう。ユウサイは一気に興奮さめやみ、無言で荷車に乗り込んだ。


「あー、全速前進!」

「行きますよ!」


 カズヨシは全速力で荷車を引っ張った。どのような名馬であろうとも今のカズヨシにこの荷車を引きながら追いつける馬はいないだろう。


 そして名もなき英雄たちは村を救えずとも人々を苦しめる悪魔を殲滅し、宵闇へと消えていった。


次回は21:00ごろになります

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