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第三十九話 伯爵領の悪魔 その22

 ユウサイの刃は放たれるノヴァの魔法を切り裂き、一欠けらたりともその肌に攻撃がかすめることはない。


 ノヴァの魔法は命中したのであれば確実にユウサイの命を奪うが、それはあくまで当たればの話である。高出力の熱線も、剣の雨も、隕石も、雷も、どれ一つとしてユウサイに届くことはない。


 しかし、それはノヴァもまた同じである。ユウサイの斬撃をどれだけ受けようとも、たとえ体が粉みじんになろうとも、尋常ならざる魔力によって瞬時に再生し、同時に殺人的な威力を秘めた魔法をユウサイに浴びせにかかる。


 仮に、ノヴァの種族が首の切断によって死滅するものであったならば、この戦いは一瞬にして決着がついていただろう。


 しかし、そうではない。ノヴァの種族は空人カラビトと呼ばれるアンデットの一種である。姿かたちなどはただの飾りでしかなく、本体は魔力そのものであり、ゆえに斬撃はほとんど通用しない。


 ユウサイからすれば、ノヴァと戦うその感覚はまるで、自由自在に動き回る水と戦っているようなものである。


 お互いがお互いに決定打を見出すことなく、戦いは苛烈を極めていった。


「のう、難敵よ。貴様、名は何という」


 唐突にノヴァは魔法の手を止め、ユウサイに語り掛ける。


「ユウサイだ。戦いの最中にずいぶん余裕があるものだな」

「ふふ、それは貴様とて同じであろう。先ほどからあれほど我が魔法を受けておいて傷一つ、いや、息切れ一つしておらん。いやはや、実に見事」

「世事はいらん。斬っても殺せんのならば、貴様の魔力が尽き果てるまで付き合ってやる覚悟はとうにできておる。ならば、この程度で息切れしていてはこの先が持たんだろう」


 ユウサイは魔法を使うことができない。だからこそ、ユウサイにはノヴァを殺し切る方法がまるで分らなかった。しかし、今までのノヴァの攻撃であれば精神がこと切れるその瞬間まで半永久的に受け流し続ける自信があった。


 これははったりでもなんでもなく、うんざりするほどにユウサイは大真面目であった。


「ふふふ、愉快、愉快。ではユウサイよ。ここいらで一つ、ワシと賭けをせんか」

「なに?」

「我はどうも貴様の技にひどくほれ込んでしまったようでな。そこで一つ、ユウサイ、貴様の本気が見てみたくなった」


 言葉を発しながら、ノヴァは両の掌を空へと突き出す。そして手のひらの上でまがまがしい魔力をかき集め、今まで発したこともないほどにとてつもないエネルギーの塊を出現させ、それは次第に大きく膨れ上がっていく。


「…………」


 ユウサイはそれをただひたすらに傍観するのみであった。今の無防備なノヴァを切り裂くことは至極簡単なことではあったが、ユウサイはそれをしなかった。


 なぜそうしなかったのか、はっきりとした答えをユウサイは持ち合わせていなかった。それでも、あえて言葉を並べるのであれば、それはきっと好奇心なのだろう。


 ユウサイにとってもノヴァ・カルメンという悪魔は称賛に値するほどの難敵であり、それはかつてユウサイが戦ってきたどのような怪物にも比類しない。


 ここ三十年間、自分以上に強いかもしれない存在とユウサイは出会ってこなかった。だからこそ、かつてない強敵の出現にユウサイは心の中で歓喜すらしていた。そして、そのかつてない強敵のはなつ未知の攻撃を見届けたいと切に願ってしまうのは、もはや当然のことですらあるのだ。


「これより我は残るすべての魔力を貴様にぶつけ、この地もろとも破滅に導く! この魔法は今までの凡夫なものとは違い、とても一太刀で切り捨てられるものではないと断言しておこう。どうだ、我を貴様のすべてをもって打ち砕いてはくれんか」

「……よかろう」

「賭けは成ったな……‼」


 ユウサイは仮面の下で、ノヴァは瞳のない壁のようなその顔で最高の笑みを浮かべる。


 ノヴァはより一層、魔力を集中させ、ただ一つのその名もないエネルギーの塊に己のすべてを集約させる。それはやがて、まがまがしい闇を孕み、いくつもの光を見出し、この世のすべて、森羅万象の理を示す破壊の形を成す。


(……見事‼)


 ノヴァのすべてを集約させたその魔法はさすがのユウサイも切り裂くことは不可能と断じざるを得なかった。


 尋常ならざる修練のもと、魔法の核を見切り、形なきものを切り裂く絶技を身に着けたユウサイであったが、目の前の魔法の核は一定にとどまるものではなかった。


 それは無数に増殖し、魔法内でも動き回り、形を変え、いうなればあの魔法すべてが砂漠の砂粒のような魔法核の集合体のようなものであった。


 この魔法を前にして、ユウサイが取れる行動はすでに一つのみに絞られていた。


 ユウサイはもろ手に刀をしっかりと握りこみ、大地に己が身を突き立て、瞳を閉じ、深く息を吐きながら肩ほどの位置まで、前方に切っ先を向けたまま、刀を持ち上げた。


***


「あんなの、師匠でも無理だ……」


 遠くから二人の戦いを眺めていたカズヨシには、ユウサイのその構えは“八目穿ち”のものと思われた。それゆえに、まったくもって疑問を隠せずにいた。


 魔法核を見通す目をカズヨシは持ち合わせていなかった。しかし、それでもなお、ノヴァの放つ圧倒的な魔力にただならぬものを感じたカズヨシは心の底からユウサイの逃走を願った。


 あんな魔法を、いや、そもそもアレを魔法と呼んでいいのかすら怪しいほどに、あまりにも完成された“破滅“を前にただの剣術で対抗するなど、無謀でしかない。


 ユウサイの尋常ならざる技量をもってしてもあの破滅を切り裂くことはできない。そうカズヨシは思ったのだ。


「みなさん、早くここから逃げてください!」


 とっさにカズヨシは口を開く。すると周囲の村人は一瞬で気が動転し、我先にとその場から離れていった。しかし、エルザだけは顔色一つ変えず、その場から動こうとはしなかった。


「早くここから逃げ……」

「逃げませんよ」


 エルザは毅然とした態度でカズヨシには目もくれずユウサイの姿の身をまっすぐととらえていた。


「何バカなこといってるんですか! そんなこと言ってられる状況じゃないでしょう!」

「ユウサイさんは、私のために戦ってくれてるんです。私だけ逃げるなんて、そんな虫のいいことはできません」

「師匠はあなたを生かすために戦ってるんです!」

「それでも……それでも、です。私は自分のために戦ってくれてる人を裏切ることはできません」

「こんな時に強情になってどうするんですか! あなたがここで死んで何になる!」

「何にもなりませんよ! でも、私はこの村を危険にさらしました。村の人も、家族も、みんなみんな見ないふりして自分だけ助かろうとしてました! そんな人間なんです私は」


 そう言い切ったエルザは感極まって涙を流しだした。しかし、涙に顔をゆがめようとも決してユウサイから目を背けようとはしなかった。


「お願いです……。ここで逃げたら、私はきっと一生、後悔することになるんです……。だから、お願いします」


 その時、エルザは初めて視線をカズヨシに向け、深く頭を下げた。その姿を見てカズヨシは無理やりエルザを引っ張ってこの場から離れようかと一瞬、思案する。しかし、エルザの言葉を聞き、カズヨシもまたユウサイ一人を置いてこの場から逃げ出すことにためらいを覚えてしまった。


「……あ~もう!」


 カズヨシはうなるように声を上げ、手持ちの防壁のスクロールをすべて腰の小物入れから取り出した。そして、何重にもエルザと自分を囲むようにスクロールを発動させた。


「言っときますけど、生きて帰れる保証はないですからね!」


 カズヨシの突飛な行動にエルザは戸惑いつつも、ただ一言、「ありがとう」と言葉を贈った。そして二人は静かに戦いの行く末を見つめた。


次回の投稿は10/3日になります


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