第三十八話 伯爵領の悪魔 その21
「お、おーい!」
二人の戦いを眺めていると下から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「ニックさん……」
カズヨシはニックのもとまで浮かない顔をしながら降りてくる。
「い、いったい何が起こってるんだ⁉」
「見ての通りです。ここを支配している悪魔は思ったよりも厄介な相手だったみたいです」
「な……!、お、俺たちの村はどうなるんだ⁉」
ニックは大袈裟なほどに動揺しながらカズヨシに語り掛ける。バクバクと心臓は高鳴り、全身の普段かかないような変な場所からも汗がだらだらと流れ出す。
「残念ながら僕にはお答えしかねます。ニックさん。奥さんと娘さんを連れて早くここから逃げるべきです。師匠があの悪魔を倒し切ってくれれば何とかこの村の復興も叶うでしょうが、あの悪魔は師匠を殺した後、この村を滅ぼすつもりです」
「な、なんてこった……」
ニックはそういうとその場に膝を突き、絶望から表情にはまるで力がない。
「お前さんは、逃げないのか?」
「僕は……師匠が戦ってますから」
「ハハハッ、いい弟子だな。俺も、この村以外で生きていくすべなんざ知らんよ。妻も、娘も」
「すみません。師匠のわがままでこの村に迷惑を掛けました……」
「謝らんでくれ……。楽観的にあの人に期待しすぎた俺たちの責任でもある。にしても……」
ニックはあきらめたように顔を緩ませながらユウサイとノヴァの戦いを傍観し始めた。
「どっちも偉いバケモンだな……」
「ええ。本当に」
地上から見る二人の戦いはさながら、神話の一説のようでもあり、常人の立ち入る隙など髪の毛一本ほどのものほどもありはしなかった。
ひっきりなしに来る閃光の嵐と人間であることを疑うほどの完成された絶技。お互いがお互いの最高の実力を引き出し、かつてこの地で行われた、神代の戦をほうふつとさせる。
「あれがおとぎ話とか出てきた、上位悪魔ってやつなのか」
「いいえ。あれは魔将です。上位悪魔であれば師匠の敵ではありませんから」
「魔将……。はは、なるほどな。こりゃペンタグラムの副隊長さんなんかじゃ、倒せそうにもない」
「どういう意味ですか?」
「ペンタグラムの隊長は一人一人が上位悪魔と互角って言われてるらしいからな。間違いなくユウサイさんのほうが格上だよ」
「そう、ですか」
何となく想像はついていたが、やはりユウサイはこの国が誇る最高の騎士たちを上回る。その事実にほんの少しだけカズヨシは高揚し、誇らしく思う。
しかし、あくまでそれは人という枠組みでの話である。その事実が目の前の魔将を倒せる理由にはならない。
「カズヨシさん!」
ニックと二人の戦いを傍観していると後ろから聞き覚えのある少女がカズヨシの名を呼ぶ。
カズヨシが振り返ると、そこにはエルザが息を切らしてこちらに走ってきていた。また、その後ろには何人かの村人や、先ほどまで戦場にいた人間もいる。
「無事で何よりです。エルザさん」
エルザはカズヨシの前にたどり着くと、息を切らして手を膝につく。
「そ、そちらこそ。それで、その、どうなってるんですか……?」
「見ての通りです。弁明のしようもありません」
そう言ってカズヨシはユウサイの戦っている方角を目配せする。エルザはカズヨシの視線の先を見ると悲し気にうつむき、言葉を失った。
「エルザちゃん、恨まないでやってくれ!、こんなの、誰だってどうしようもねぇよ……」
「…………」
それからエルザは口を開こうとしなかった。
彼女の心は、自分が旅人に助けを求めてしまったことがこの村を破滅に導いた、という考えに支配され、とても言葉を発せる状況ではなかったのだ。
決して、カズヨシとユウサイを恨んでいたわけではない。自分の命がこのままでは危ういことが怖いのではない。ただただ、自分のわがままが周囲に破滅を導いたことが少女の心をむしばんでいたのだ。
そして、やがてそれは強烈な嗚咽感となって食道を刺激し、口を押え、必死にこらえる。かつて味わったこともないほどにその感覚はひどく、口からのみならず、鼻から、目から、耳から、頭蓋骨を破り、頭髪から、吐しゃ物が飛び出てきそうなほどにひどいものであった。
「まだ、終わってませんよ」
うつむくエルザの頭上からひっそりとカズヨシはそうつぶやく。
「ユウサイさんは勝てそうなのか?」
エルザについてきた村人が不安げにカズヨシにたずねる。
「わかりません……わかりませんけど、まだ、師匠は負けてませんから」
村人には兜の下に隠れたその表情から、まだあきらめた様子はみじんも見受けられなかった。ただまっすぐ、己の師を見据え、勝利を願うその姿は傷ついた村人の心を支えるのには十分なものだった。
村人は静かに、祈るようにユウサイを見つめ、勝利を願った。
エルザもまた、周囲に感化され、多少なりとも嗚咽感が引いていく。
「立てますか」
「カズヨシさん……」
カズヨシは落ち着きを取り戻したエルザに手を差し伸べる。しかし、エルザはその手を取るか、迷っていた。
「私は、どうすればよかったんでしょうか……」
「今朝も言いましたけど、あなたにできることなんて何もありませんでしたよ。これは師匠の決定です。たとえあなたが拒んだとしても師匠はあなたを助けると言ったでしょうね」
「でも、私のせいで村が……」
「あなた一人でこの村を潰せるんですか?。答えは否でしょう。なら、これはあなたの範疇を超えています。あなたが責任を負うことはありませんよ。落ち込むだけ損というものです」
そう言い終えるとカズヨシは無理やりエルザの手を引き、その場に立たせ、目の前の化け物を見せつけた。
「あの化け物を見てどう思いますか?。僕は、あなたが逃げ出さなかったとしてもきっと、ほかの女性がいつか逃げ出していたとおもいますよ。つまるところ、早かれ遅かれこの村はあの化け物に目をつけられた段階で手遅れだったんですよ」
目の前の伝説にしか登場しない怪物を相手にこの村ができることなどありはしない。むしろ、いままで誰もよく逃げ出さなかったものだとカズヨシは感心する。
そして、また、同時にこの村は幸運だとも思った。
「むしろ、エルザ。あなたがこのタイミングでうちの師匠に助けを求めたのは正しくすらありますよ。あんな化け物と互角に戦えるのは世界中を探したってあの人くらいなものでしょうから」
エルザをなだめながらも、内心、とんでもない頼みごとをしてくれたものだと、カズヨシも思わなかったわけではない。
なんせ、あのユウサイですらも互角なのだから。本来ならばあのクラスの化け物を相手にするのであればそれこそ、神代の時代の英雄たちに匹敵する、あるいはそれ以上の存在でなくてはならないのだ。
それでもカズヨシは恨み言の一つもぶつけずにエルザをなだめ、気持ちを落ち着かせた。
それはきっと、本来の彼女がとても脆く、心の弱い少女であることを知っているからなのだろう。
「……すみません。弱気なことばかり言って」
「いえいえ」
「ユウサイさんはあの化け物に勝てると思いますか?」
「どうでしょう。僕にはわかりかねますね」
全くの互角の戦いを繰り広げる二人を前にカズヨシはまったく先が読めずにいた。そしてカズヨシに読めないのだから、一般人に戦況の優劣がわかるはずもなく、村人たちはただ唖然と口を開き、その戦いを眺めるのみであった。
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