第三話 山の侍と奴隷鉱山 その3
カズヨシが目を覚ました時、とても香ばしい臭いがカズヨシの寝床を支配していた。目を開くと、近くにてカズヨシを助けた男性が鍋を作っていた。
お礼を言おうと起き上がろうとするも全身に激痛が走り起き上がることがかなわなかった。
「あ、あの」
のども痛むが、礼を言うために何とか声を絞り出す。
「ん?、おお、起きたか。左腕と頭蓋骨はひびが入ってて、両足と肋骨三本が折れてるから安静にしてろ。すぐに飯を出してやる」
「あの、助けてくれて、ありがとうございました……」
「おう。気にしなさんな。それよりもお前さん、奴隷か?」
「……はい」
「ああ、何も役人に突き出そうってわけじゃない。ただ、少し気になってな。それと、お前さんは日ノ本出身なんだな?」
「えっと、たぶんそうです」
「たぶんってなんだ」
「あの、漢字で、一日の日に一本、二本の本で日ノ本ですよね?」
「ああそうだが」
「だったらそれであってます。僕のいたところではニッポンって言ってましたから」
「ああ、そういうことかい。ならしょうがねぇ。ところでよ、ずっと聞きたかったんだが、天下はどいつが統一したんだ?」
「天下、ですか?」
カズヨシがこの世界に飛ばされた当初の年齢は九歳である。小学校ではまだ歴史の授業は始まっていなかった。
「……うーむ、てめぇみてぇなガキじゃわかんねぇか?。それともまだ戦は続いてんのか?。俺の読みじゃノブナガがそろそろ統一しててもおかしくないと思うんだが……」
「えっと、歴史のことはテレビでしか見たことないんですけど、たぶん、徳川さんのことだと思います」
たまたま彼がこの世界に来る前日にテレビの特集で江戸時代の特集がされていた。人生最後のテレビ番組がいまだに頭から抜けてはいなかった。
「はぁ?、徳川?。いや、ないない。徳川つったらノブナガの金魚の糞みてぇなやつじゃねえか。ありえねぇ」
「でも……一応、そのあと江戸時代が確か三百年くらい続いてたと思います」
「んんんん?。三百年????」
しばらくくだらない問答を男性はカズヨシにすると何か合点が付いたように座り込み、遠い目で鍋を見つめだした。
「なるほどなぁ、どうもお前さん、ずいぶん未来から来とるらしい。しかも、侍はもうおらんらしい」
男性は鍋を器にとりわけカズヨシのもとに運ぶ。
「なんとも、無情なものよ。ワシが……いや、ワシらが築いてきたもんはもう未来では一切役に立たんもんになっとるとは……」
そう言いながらカズヨシの体を支え、座らせると、箸で山菜をつかみ、冷ましてカズヨシの口元へ運ぶ。それをカズヨシは何も言わず、食べる。まともな食事を最後にしたのはどれほど前だったか、思い出せなかったが、特に味がついているわけではなかったがその山菜は格別にうまく感じた。
「やはりまともな食事はとっておらなんだか」
「……え」
「そんなにうまそうにこの雑草まがいの草を食うやつは初めて見たわい。ほれ、今度は熊肉だ。とってきたばかりで血抜きもしっかりしとるから臭みも少ない」
そう言って男性はカズヨシの口に肉を運び入れる。その味はカズヨシが今まで生きてきた中で最も印象に残るものとなった。
上質な牛や豚の味を知っているカズヨシであったが、数年ぶりに口にする肉に種類は関係なく、ただ頬張った。
「お前さん、歳は?」
「たぶん、十一歳です」
「十一?。ずいぶんちびっこいな。まあ、まともに飯も食えんのじゃ仕方がないか。のどぼとけも出とらんみたいだしの」
カズヨシの身長はもともとそれほど高いわけではなかった。加えて、奴隷になってから成長に必要な食事がとれるはずもなく、こちらの世界に来てからそれほど背は伸びていなかった。
これでもひどいというのに、もしかすると自分が十二歳なのかもしれないという可能性すらあることはさすがに恥ずかしくてカズヨシも口に出しはしなかった。
「……まあ、これも何かの縁だ。名前を聞いてなかったな。ワシはハルノ ユウサイ。お前さんの名は?」
「ヒラノ カズヨシです」
「よし、カズヨシ。今日からお前はここに住め。どうせ行く当てもないだろう。幸いワシには妻も子もおらん。飯は獣を狩るから余ってもったえないくらいだ。だから成人して独り立ちするまではここでワシの子として暮らせばいい」
「そんな、そこまでお世話になるわけには……」
「そんなこと言うても、当てはないんだろう」
「それは……」
「案ずるな。ワシもわざわざ助けてやったガキを犬死させたくないだけだ。それにガキは何も考えず大人を利用してやればいい。特にお人よしはな」
そういうとユウサイは白い歯の全面が見えるほど笑った。そしてカズヨシにつべこべと言わせる前に鍋を彼の口にひっきりなしに突っ込んでいった。
とりあえずは山の侍と奴隷鉱山はここでおしまいです。
次回は明日投稿になります
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