第三十六話 伯爵領の悪魔 その19
「魔将……」
その単語にカズヨシはあまり明確とした実感がわくことはなかった。というのも、まったくもって、その単語の意味はカズヨシの想像を超えるものだからである。
ローネからこの世界の成り立ちを聞いた後、カズヨシも個人的にこの世界の成り立ちや、過去の出来事についての本を何冊か読んでいた。
その中でも特にカズヨシの目を引いたのは千年前、五百年前、三百年前、の三つの時代である。それはどれも世界を巻き込む大戦の時代である。
千年前。それはいわゆる神代の大戦。つまり人がまだ天使だったころの話であり、この世界を支える神樹の成り立ちに由来するものであった。
次の五百年前は悪魔たちが地底から押し寄せ、木の上の世界を滅ぼそうとしてきた時代を指す。
その次の三百年前も同様に二度目の悪魔たちによる侵攻である。
これら三つの時代に共通するものとして、どの大戦にも人知を超えた強さを持つ悪魔が複数確認されている。
カズヨシの読んだ本にはその存在はもはや伝説であり、実在も疑われると記されていた。
その悪魔たちの通称が魔将なのだ。
魔将と呼ばれる悪魔は一柱ごとが大軍に匹敵、あるいはそれ以上の実力を持ち、瞬く間に天井の世界に戦火を広げていったと言われている。
また、それよりも上位の存在に、“魔公”や“魔王”が存在するとされているが、それもまた魔将と同じように伝説上の存在として語り継がれているに過ぎない。
しかし、実際に今現在、それはカズヨシたちの前に姿を現していた。
上位悪魔ですらもおとぎ話で語り継がれるほどの存在であるというのに、魔将ともなればいったいどれほどのものなのか、まったくもって想像がつかないのだ。
「小僧。おとなしくしていれば苦痛なく殺してやる」
まるで橙色の絵の具でべたべたに塗りたくられたかのような顔を巧みに動かし、表情豊かにノヴァはそう口にする。
その言葉に深い意味はありはしない。言葉のとおりである。それゆえにカズヨシはまざまざと死を実感し、すんなりと命を手放す心構えを終えた。
「ふむふむ、よろしい。なかなかに物分かりのいい人間だ。おとなしくそこで待っていろ」
ノヴァはカズヨシを満足気に一瞥するとユウサイを見据える。
「さて、わが難敵よ。そろそろ逃げるのにも飽きてきたころだろう。我はこの地を滅ぼすつもりだ。どうせならこの場で決着をつけようではないか。そのほうが我にとっては都合がいい」
「ほう、ずいぶんと高評価をもらったものだ。貴様ほどの悪魔に難敵として認められるとは。ワシもなかなか捨てたものではないな」
「謙遜するでない。貴様が今まで手を抜いていたことなど、とうに我は気付いておるわ。さあ、存分に殺し合おうではないか。安心せよ。貴様の肉体はその肉の一欠けら、その血の最後の一滴に至るまで我が手ずから葬ってやろう」
ノヴァは一方的にそういうと人差し指を夜空へ突き立て、巨大な魔法陣を出現させた。その魔法陣のサイズは半径五十メートル近くある円形で、内側にはびっしりと幾何学模様が敷き詰められており、もはや解読することもばからしくなるほどに巨大で、ち密な芸術作品のようですらあった。
その魔法陣を見た瞬間、カズヨシは内臓が宙に浮いたような不思議な感覚を覚え、次の瞬間にはのどが裂けんばかりに声を張り上げていた。
「早くここから逃げろぉ‼」
村人たちはただならぬそのカズヨシの叫びに反応し、我先にとその場から走りさる。カズヨシもまた、無意識のうちにその場から逃げ出していた。
しかし、ただ一人、その場から逃げ出さない男もいた。ユウサイである。
ユウサイはただ一人、周囲の混乱をよそに深く息を吸い、風船でも膨らませるように口をすぼめてゆっくりと息を吐く。
(さて、息子に恰好をつけるとするか)
ユウサイがこの場に現れた理由。それはノヴァが予想に反して強すぎたためである。
もともとカズヨシの心配をよそに、ユウサイは館にいる悪魔はせいぜい上位悪魔程度の実力だろうと予想していた。
しかし、実際にそこにいたのはそのはるか上位の存在であった。数々の化け物を切り伏せてきたユウサイであったが魔将と名乗る目の前の悪魔は明らかに今までの相手とは比べ物にならないほどに別格の存在であった。
その事実はつまるところ、この悪魔の配下にはこの悪魔以下の存在がいることを意味し、それはもちろん上位悪魔も含まれる。
ユウサイであれば上位悪魔の一柱や二柱は物の数ではない。しかし、カズヨシにとっては別である。実践を通して剣士としての才能を開花させることを目的にカズヨシに村の守りを任せたものの、ユウサイの見立てではカズヨシが勝利できるのは下位悪魔、どんなに運が良くても中位悪魔が限界であると感じていた。
そのためユウサイは勝負の途中にもかかわらずその場から全力で村の入り口まで逃走し、カズヨシの救出に向かったのだ。
そして案の定、カズヨシは上位悪魔の手によって殺される寸前であった。
ユウサイは目にもとまらぬ人たちによってそれを両断し、現在に至る。
「裁きを受けよ。サルども」
魔法陣はノヴァの指先に収縮されていき、直視することも叶わないほどのまばゆい光を放つ球体を出現させた。
そしてその光の球を人差し指と合わせてユウサイに向ける。
ノヴァの発動させた魔法が何なのか、その場にいる人間には見当もつかなかった。しかし、その魔法はたった一撃でこの場にいるすべてのものを壊滅させるだけの威力を秘めていることをその場にいるすべての人間が察していた。
「させん!」
刹那、その場からユウサイは驚異的な脚力でノヴァのもとまで跳び、自ら光の目の前に現れる。
それと同時に刀を引き抜き、ノヴァの腕を魔法とともに薪を割るように何本も縦に切り裂く。
「やはり見事」
ノヴァは腕を切り裂かれたというのにもかかわらず、顔色一つ変えることなく身をひるがえし、ユウサイを地面へと蹴り飛ばす。
そしてまがまがしい魔力を切り裂かれた腕にまとわせると、一瞬にして腕を再生させ、次なる魔法陣を出現させる。
「貴様にはどうも、純粋な現象系の攻撃魔法は通用せんらしい。ならばこれはどうかえす?」
今度も先ほどのように巨大な魔法陣を出現させ、ユウサイをあざ笑う。
(物質系魔法……?)
逃げる中、ノヴァの出現させた魔法陣を見てカズヨシは眉を顰める。
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