第三十四話 伯爵領の悪魔 その17
「仲間が死んだというのにずいぶんうれしそうですね」
「ああ。確かにあいつらは私の部下ではあるが、戦いとはえてしてそういうものだ。数か月前に騎士どもが館に攻め込んできたときも部下を何人か殺されたが、その時も心が躍ったものだ」
「ひどい方だ。実にひどい方だ。……それで、これからどうなさるつもりですか」
「答えの見えている質問をするのはあまり賢い行動ではないぞ」
カリーナは片目を薄く開け、嘲笑しながら腕を組む。
「あいにく、自分は義務教育を終えてないものですから。無教養は許していただきたいですね」
「フム……それは失礼した。では、そうだな、殺す前に少しだけお前には興味がわいた。少し付き合え」
そう言ってカリーナは指を鳴らし、自分の背後と前方に一人用の高級そうな椅子を出現させる。そして深々と腰かけると、カズヨシにも「座れ」と指をさすのであった。
カズヨシは一瞬それが罠ではないかとも考えたが、瞬時にそれはあり得ないと悟る。目の前の悪魔が自分に対してそのようなことをする必要は皆無なのだ。
ハインリッヒとの戦いで成長したカズヨシではあったが、いまだにカリーナには遠く及ばないと自覚していた。
理由を問われるとうまく答えることはできない。ただ、生物として目の前の悪魔と対峙した際、まるで勝てるビジョンがわかないのだ。
ハインリッヒをしのぐであろう圧倒的な魔力量も、致命的なまでに差があるであろう身体能力も、まるで次元が違うことを一目見ただけですべてを悟らせる。
「殺されるつもりはないのですが、なんですか?」
カズヨシは悪魔の言葉を受け、恐る恐る椅子に腰かける。それはやはり普通の椅子で罠の類は一切見受けられなかった。
「お前はその剣術を誰から教わった?」
カリーネはひじつきに肘を突き、まっすぐカズヨシを見据える。
「ハルノ ユウサイです」
「知らん名だな。では次の質問だ。ヘイウェスという上位悪魔を知っているか?」
「知りませんね」
ヘイウェスという名に実際、カズヨシは全く覚えがなあった。
三年前、町を襲った悪魔がその名を持っていたが、カズヨシの耳にその名が入ることはなかった。仕留めたユウサイでさえその名を覚えてはいなかったのだから、当然と言えば当然のことである。
「本当にか?」
カリーナは疑り深くカズヨシを見つめる。その様子にカズヨシは頭をひねり、必死に記憶の片隅からその名を探り出そうとする。しかしいくら考えてもその名が出てくることはなかった。
「ええ。少なくとも僕が対峙した悪魔は先ほどのあなたの部下が最初の一人です。それ以外の悪魔の名は知りません。ですが、僕の師匠は上位悪魔を何体か仕留めたことがあると言っていました。もしかすると、その中に含まれている可能性はありますね」
「ほう、人の身で上位悪魔を仕留めたというのか。その男はどれほど強い?」
肘をつくのをやめ、カリーナは身を乗り出して興味深そうにカズヨシに尋ねる。
「そうですね、少なくとも僕なんかの物差しじゃ測り切れないくらいには強いですよ。あの人以上の剣士がいるのなら見てみたいですね」
「私となら、どちらが強いとみる?」
「師匠です」
「即答か。しかし、なるほど、面白い」
「では、わが主とならばどちらが強いと思う?」
「答えかねますね。僕はあなたの主人を見たことがありませんから」
「ふむ、確かにその通りだな。許せ」
カリーナはまたも深々と椅子に身を任せ、夜空を見上げる。
「ヘイウェスは私の友だ」
ふいにカリーナが口を開く。
「三年前、ウラーナ様の命でこの地に来たはずなのだが一瞬にしてなすすべなく殺されたと聞く。私はな、友の仇を打つために今の主、ノヴァ様についてきたのだ」
「三年前、ですか」
各地で頻繁に悪魔が現れる、なんて話はそれほどよくあることではない。悪魔が出現すればそれなりに大ごとになるし、国中に噂が広がる。
今回の件も、正確な場所までは把握してはいなかったが、どこぞの伯爵領が悪魔に占拠されたという情報は入っていた。
そのほかにもいくつかの情報をカズヨシは記憶しているが、三年前の悪魔の情報はそれほど多くはなかった。それに加えて、それらの多くはいまだに討伐ができたという情報は出回っていない。
つまり、三年前に突如出現し、突如討伐された悪魔となればかなり的が絞られるのだ。そして、それは上位悪魔となれば名前を憶えていないカズヨシにも十分に憶測がたてられた。
おそらくは三年前に村でユウサイが完殺した悪魔のことだと気づき、カズヨシは頭を抱える。
「どうあっても仇をとるおつもりで?」
「ああ。ノヴァ様にもその時は自由行動をとることを許されている」
「部下の死にはずいぶん喜んでいたようですが、今回はそうではないのですか?」
「部下と友人は全くの別物だろう」
「ひとかけらでもその気持ちを部下の方々にも注いでやってほしいものですね。止はしませんが……あまりお勧めはしませんよ」
「なぜだ」
「いえ、まあ、その、世界は広いですから。あなたのご友人を殺した方を見つけるのにいったい何年かかることか想像もつきませんし」
「悪魔は人間と違って寿命が長い。何年かかっても私は一向にかまわん」
「……そうですか。くだらないことを言いました」
「全くだ。そろそろ死んでいいぞ」
冗談めいた口調で薄く笑みを浮かべながらカリーナはそういった。しかし、その言葉を受けた瞬間、カズヨシは全身に冷水を浴びせられるかのような得体のしれない恐怖に包まれる。
とっさに立ち上がり、後方に飛びのく。その瞬間、先ほどまで座っていた椅子は腐敗し、土くれとなって崩れ落ちた。
「少しは私を楽しませてくれよ」
カリーナは立ちあがり、カズヨシの見たこともない、小さく綿密な魔法陣を手のひらに展開する。
「それは何の魔法ですか?」
思わず質問してしまう。ハインリッヒの放つ魔法はどれも基本的にはカズヨシの知る一般的な魔法式から導き出されるものであった。
魔法式から導かれる魔法陣に用いられる記号は全部で四十程度とされている。その記号のほとんどをカズヨシは暗記していたが、先ほどのカリーネのものは全く見覚えのない記号であった。
「私オリジナルの魔法、“腐敗”だ。貴様一人を殺すためにあのバカのように範囲魔法を使うなどもったいないからな」
カリーナはその場から素早く疾走するとともにカズヨシの懐に潜りこみ正拳突きの構えをとる。その動作には寸分の無駄もなく、カズヨシによける暇などあろうはずもなかった。
次回の投稿は21日になります
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