第三十三話 伯爵領の悪魔 その16
魔法陣がすべて消滅し、カズヨシはあたりを見渡した。
正面には静観を決め込むユニコーンと漆黒の馬車。振り返ると大男が汚らしく唾液をまき散らしながら村人を蹂躙している。
カズヨシがハインリッヒと死闘を繰り広げる中、村人もまた、大男を相手に村を守っていたのだ。よく見ると、村の入り口付近の壁に貼られていた“防壁”のスクロールも、ほとんどが使用されていた。
「オイ、はいんりっひ、オ前ノ殲滅魔法デ、コイツラヲ焼キ払エ。ソロソロ飽キタゾ」
大男はこちらが静かになったことを察知すると一瞥もせずにそんなことをのたまう。
カズヨシはそんな大男を後ろから不意を打つ形で瞬時に首を斬り落とし、男の体は動かなくなった。騎士道精神などは一切持ち合わせていないため、まるで罪悪感はない。
むしろ、男の巨体から人間相手、というよりも獣相手といったような感覚が強く、それは当然のことのように思えた。
「ナ、ナニガオコッタ⁉」
体は動かなくなったが男の首は何事もなかったかのように生命活動を維持していた。どうやら首を落としても死なない種族らしい。
「あなたの同僚は残念ながら死んでしまいましたよ」
カズヨシは男の髪をつかみ、ハインリッヒの死体に男の顔を向ける。
「オ、オ前、何者ダ⁉」
「ただの人間ですよ」
「嘘ヲツクナ! はいんりっひハ中位悪魔ダゾ! ヤツニ勝テル人間ナド、ソウソウ、イハシナイ!」
「じゃ、僕がたまたま、そのあなたの言うそうそういない人間だったんでしょう。納得できましたか?」
「フザケルナァァァ⁉」
「はいはい」
そう言ってカズヨシは宙に男の頭を投げ捨て、鞘に収まる刀に手をかける。
前々から練習してもうまくいかなかった、ユウサイのような“空断ち”の連続使用を試そうと刀を引き抜き、男の頭を縦に真っ二つにした後、納刀を試みる。
「いてっ」
しかし、鞘の口から少し上の部分に刀を戻してしまい、脇腹の鎧に刀をかすめ、左手の親指を少しだけ斬ってしまった。
さすがに調子に乗りすぎたと反省するも、そのころには大男は息絶え、真っ二つの頭に間抜け面を浮かべていた。
「あ、あんた、大丈夫、だったのか?」
一人の男が恐る恐るカズヨシに声をかける。それは昼間ユウサイに勝負を挑んでいたペンタグラムの兵だった。
「ええ。そちらこそ。無事で何よりです。被害はどの程度かわかりますか?」
周囲を見渡すと、最初にいた人数からはずいぶん減っているような気がした。生き残っている村人の表情も心身ともに憔悴しきっているものであった。
「二十人近く殺されたよ……。生きてる奴らもこのざまさ」
「そう……ですか。すみません。もう少し早くこちらに来れればよかったんですが……」
「気にすんな。全員死ぬつもりでここにきてるんだ。それよりもあんた、中位悪魔を単独撃破するとは、さすがはあの人の弟子だな」
「いえ、こちらも本当にギリギリでしたよ。こうして今、生きていられるのは奇跡といっても過言ではありません」
今、この瞬間、自分が生きていることにカズヨシ自身、あまり実感がわいていなかった。そう、本当に運なのだ。たまたまユウサイの言葉通り、カズヨシは才能の一端を開花させることができた。
しかし、それは本当に偶然の産物なのだ。
たまたま相手が自分を圧倒的格下として決めつけ、慢心し、とどめを刺すことを怠った。だから勝てたのだ。
もし、ハインリッヒが疑り深く、相手を容赦なく殺すような悪魔であったならば、首と胴体を離していたのはカズヨシだっただろう。
そして、もう一つ、まだ自分は生きて帰ることを許されていない。まだ最悪の面倒ごとを残したままなのだ。
カズヨシは馬車のほうをちらりと見る。
「さて、どうしますか」
「俺たちの目的は時間稼ぎだ。無駄に刺激したくはねぇな」
「同意見です。ですが……」
カズヨシたちが話していると馬車の扉が開き、奥から灰色の美丈夫が姿を現す。その美貌からは想像できないほどにそのまなざしは冷徹で、カズヨシたちを刺し貫くかのようである。
「まさか、二人を殺してしまうとは。私も見る目がないらしい」
カリーナは視線をカズヨシ一人に移し破顔する。死んだ仲間の死体には一瞥もすることなく、瞳を閉じ、静かに微笑むその姿はいっそ、不気味であった。
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