第三十話 伯爵領の悪魔 その14
久しぶりの更新です。リアルが忙しくてなかなか更新できませんでした……
ユウサイの編み出した唯一の完璧な守りの型、“水面”。完全にではないが、その技の一端をカズヨシも何とか継承していた。彼がまともに形をまねることのできる唯一の型である。
刀の接触部に来る衝撃を全身、あるいは地面に均等に逃がすことで衝撃を分散させ、敵の攻撃を和らげる。カズヨシはこの型を何よりも徹底的にユウサイから叩き込まれていた。
ユウサイの領域ともなれば、地面や体ではなく、その場の空間そのものに衝撃を逃がすことができ、もはや鉄壁の守りとなっている。しかし、カズヨシではせいぜい半分程度の衝撃を地面に逃がすことが限界であり、あまりにも強烈な攻撃が飛んできたのであれば防ぎきることはかなわない。
「ほらほら、まだまだいきますよー」
ハインリッヒは四方八方に槍を振り回し、カズヨシを襲う。その槍の先端は早く、鋭く、確実に受け損ねる、あるいは避け損ねれば死が待ち受けている。
しかし、どうもハインリッヒは生粋の槍使いというわけではないらしく、その驚異的な身体能力で尋常ならざる速度の攻撃を放っては来るものの、その動きは単調であり、長年の研鑽を積むカズヨシであれば受けきることは十分に可能なものであった。
しかし、あくまでそれは受けきることであり、反撃に転じれるかと聞かれればそうとも限らない。
カズヨシには圧倒的に実践経験が不足していた。山で獣を狩ったことはあった。毎日ユウサイと稽古もつけていた。しかし、実際の命のやり取りはこれが初めてであった。
獣狩りも確かに命の取り合いという点は同じなのかもしれない。しかし、獣が相手であれば罠を張ればいい。相手を知り、急所を突けばいい。
しかし、明確な知性を持つ悪魔が相手となってはそれは通用しない。簡単に罠にかかったりはしないし、かかったとしても魔法で防がれる。
弱点も戦いのさなかで見つけ出さなければならない。しかし、それと同時に自分の弱点も相手は見つけ出そうとしてくるし、身体能力は圧倒的に相手が有利。
それに加えて、明確な命の危機からくる恐怖心が、守りの意識を掻き立て、攻めに転じることを許さない。
この時、カズヨシは数々の死線を乗り越えてきたユウサイを心から尊敬した。
もし、この場に立っているのが自分ではなく、師匠であったなら、きっと何一つ問題なく悪魔を切り伏せていたことだろう。それは確実であり、約束された未来であったはずだ。
しかし、カズヨシはそうではない。
恐怖から刀を鞘から引き抜くこともままならない。
もしかすると、もうすでに刀は鞘の中で入れているのかもしれない。
そうでなくても、このままハインリッヒの攻撃を受け続ければ、自分の体が壊れるかもしれない。
そう考えると、体の芯から何かが凍り付いたように寒気が遅い、全身に鳥肌がたつ。
「口ほどにもありませんね」
ハインリッヒはつまらないといった顔で再度、背後に魔法陣を出現させる。そしてまたも氷の柱を出現させ、今度は距離が近かったために、避けきれず、命中部分に魔力壁を展開させるも、もろにカズヨシの腹部に命中し、後方に吹き飛ばされる。
しかし、カズヨシは鎧と魔力壁がなければ確実に殺されていたであろう事実に青ざめる間もなく、体制を立て直し、懐から数枚のスクロールを取り出し、ハインリッヒの周囲に投げつけるのであった。
「またですか」
カズヨシが放ったスクロールは“雷撃“、”流水“、”圧縮“の三種類である。それぞれが 魔法名通りの効果を発揮するスクロールであり、まず初めに”圧縮”のスクロールが発動した。
「な?!」
先ほど同様、魔力壁で防御しようと手をかざすハインリッヒであったが、“圧縮“の魔法は空間そのものに作用する魔法であり、壁で防げるものではない。
そのため、全身に強烈な圧迫感を感じ取るとともに魔力壁を思わず崩してしまった。
「焼き切れろ!」
それと同時に残りのスクロールが発動し、ハインリッヒの体に水がかかり、電流が走る。
高熱により水が水蒸気となり、あたりを包み隠すとともに、カズヨシは警戒をしながらも勝利を確信していた。
今まで獣狩りの際、カズヨシは流水と電撃のスクロールを併用し、獲物を幾度となく仕留めてきた。その威力は強烈の一言に尽きる。さすがのハインリッヒもこればかりは耐えれまい。そう考えていた。しかし、
「いやあ、お見事。低級魔法もなかなか捨てたものではありませんね」
周囲が晴れるその瞬間、水蒸気の中からは無傷のハインリッヒがそこで手をたたき、気色の悪い笑みを浮かべていた。どこを見渡そうとハインリッヒには怪我一つなく、せいぜい服が焦げた跡が少し見受けられる程度であった。
「化け物……」
そしていやでも理解するのだ。この悪魔に自分の魔法は通用しない。圧倒的格上。直接の斬撃であればあるいはダメージを与えることができるのかもしれないが、やはり自分の剣術では心もとない。
化け物と対峙するには己もまた、化け物でなくてはならないのだ。
「失敬な。私とて、先ほどの魔法をもろに食らっていたなら、ただでは済まなかったでしょう。ですが、私は悪魔です。魔力操作に関して、あなた方人間に劣ることはありえません。瞬時に全身に魔力壁を張り巡らせることなど造作もないことなのですよ」
ハインリッヒはカズヨシに笑いかけるとまたも槍を構える。
その姿に異様な恐怖を覚え、カズヨシは思わず自分から走り出し、ハインリッヒに突撃する。
しかし、突進を始めたはずのカズヨシの目の前に突如、ハインリッヒは瞬間移動にも似た高速移動で距離を詰め、わけがわからないままカズヨシは瞠目し、瞬時にハインリッヒの槍を目で追う。
——何もかもが遅かった。
突進の速度も、刀を引き抜く速度も、槍を追う眼球の速度も
「終わりですね」
その言葉とともに目の前に鋭い突きが出現する。
―—死。
脳裏をその言葉が埋め尽くし、全身が生命の危機を訴える。その瞬間、火事場の馬鹿力とでもいうのか、間一髪で槍の軌道から首をひねり、兜をかすめる程度で済ませることができた。
しかし、穿たれる槍をハインリッヒは巧みに使いこなし、柄の先の部分でこん棒を振り回すようにカズヨシの横っ腹を殴り飛ばし、カズヨシは宙に舞うこととなった。
着地時、何とか受け身をとることはできたが、殴られた部分の鎧はへこみ、呼吸はままならない。呼吸をしようとするれば、苦しさから思わずせきこんでしまう。それに、せきこめばせきこむほど肺から酸素が放出され、より一層苦しさは増すのであった。
次回の投稿は9/10 18:00~18:30ごろになります
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