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第二話 山の侍と奴隷鉱山 その2

 駆け寄った奴隷があろうことか、瀕死のその監視員を蹴り飛ばしたのだ。


「今までよくも俺たちをこき使ってくれたなぁ!」


 そう言いながら地面に伏した監視員を踏みつける。すると今度は別の奴隷が近寄り、先ほどの奴隷とともにその監視員を殴りつける。


 それに続けと言わんばかりに次々と他の奴隷も監視員に近寄り、我先にと暴行を加え始める。


 残っている左腕を折り、両足を折り、睾丸をつぶし、顔面を殴り、髪を頭皮ごと引きちぎり、目をくりぬき、最後はなくなった右肩から手を忍ばせ、肺を破り、心臓を握り、あらゆる臓器を引き抜き、監視員を殺害した。


 それでも奴隷たちの怒りは収まらないらしく、監視員の躯を可能な限り破壊して尽くした。


 まるで地獄を直視するかのようなその状況に、カズヨシは強烈な嗚咽感に襲われ涙と鼻水をまき散らしながら口を押え、体を丸め込んだ。もっとも、食いものは何一つ胃に入っていないため、僅かな胃酸が逆流するのみであったが。


「お前は優しいんじゃな」


 まとめ役の老奴隷がカズヨシの背中をさすりながら声をかけてきた。


「……」


 否定したかったが声が出なかった。自分は優しいのではない。ただ、復讐をなせるだけの度胸がないだけである、と。


 現に、カズヨシは強烈な嗚咽感にさいなまれながらも暴行される監視員を見て、心底、晴れ晴れとした気分であったし、だれも見えないが涙を流しながらも口元は緩んでいた。


 そう、カズヨシは決して暴行を受ける監視員を見て気がめいったのではない。極限状態における人の醜さや、血生臭さに耐えられなかったのである。


 しばらくすると奴隷たちは監視員の持っていた剣などを用いだし、もはやその躯は原型をとどめていなかった。


 ここまでくるとさすがに奴隷たちの興奮も冷め、カズヨシの嗚咽感もだいぶマシになっていた。


「さて、逃げるか」


 肉塊に剣を突き刺し、とてもすがすがしい笑顔で一人の奴隷が口にした。その言葉を受け、一斉に崩された柵から奴隷たちが散開していった。


 その時だった。背後からけたたましい轟音が響き渡る。


 振り向くとそこにはあの大蛇が入り口から顔をのぞかせていた。カズヨシは全身の血の巡りを感じ取り、瞬時に己の身が化け物の視界に入ったことを理解する。


 奴隷たちは何も考えずただひたすらに走った。しかし、大蛇との距離は一向に開く気配はなかった。

大蛇の地を這いずる速度と彼らの全力疾走ではちょうど同じくらいの速度であった。


 加えて、奴隷に靴は与えられていなかったことと、足場も整備など全くされていない険しい山道であるため、足を躓くこともしばしば起こる。


 先行して走っていた大人の奴隷の何人かは足を取られ、すでに化け物の腹の中にいた。


(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)


 心の中で何度も叫ぶも化け物はまるで容赦がない。

そしてもう一つ、容赦がないのは化け物のみではなかった。前方では奴隷同士で足を引っ張りあっていたのだ。


 化け物が人間を飲み込む際、少しだけ速度が遅くなることに気が付き、自分が助かるためにほかの奴隷を蹴落としていたのだ。


(なんてことを……)


 カズヨシは心の中で自分のために他人を犠牲にする奴隷を心底軽蔑した。その時だった。


「すまん!」


 その声とともに右側から鈍い衝撃がカズヨシを襲う。それとともにバランスを崩し、その場に倒れこむ。


 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。だが、すぐに理解した。隣を走っていたまとめ役の老奴隷に自分は身代わりにされたのだと。


 化け物は今にもカズヨシを食わんがために、ショベルカーのような大口を開けて這い寄ってくる。

そして、息つく暇もなく、化け物は彼のもとへたどり着く。


 軽快なリズムで下から救い上げるように大口に彼を運び入れようとしたその刹那、カズヨシの生きる力が働いたのか、運が味方したのか、じたばたともがくと化け物の牙にカズヨシのカカトが当たり、化け物の力と相まってまるでトランポリンでジャンプでもしたかのように脇道へ飛ばされた。


 当然着地の瞬間、地面に打ち付けられ、全身を激しい痛みが襲うが、化け物は彼を食うことよりも残りの大勢の奴隷エサを食うことに固執し、それ以上、彼を追うことはなかった。


 身動きが取れず、必死に生きようと呼吸をする。

何とかしてこの場から離れなくてはならない。これがおそらく最後のチャンスであると本能が悟る。


 いまだ隣には大蛇の横っ腹が山道を這いずっている。確実な死が彼の数メートル先にはあるのだ。だからこそ、痛みに耐え、這ってでもこの場から離れようとした。しかし、体は言うことを聞いてくれない。


 また、大蛇の進行方向から強烈な悲鳴がいくつも聞こえてくることが彼の精神を大きく削った。


 しばらくすると大蛇の尾が見え、悲鳴も遠くなっていった。その際もカズヨシは這ってこの場を離れようとした。しかし、やはり体は言うことを聞いてくれなかった。


 冷静になれば冷静になるほど全身の痛みは増していく。そしていやでもたくさんのことを悟るのだ。


 足があり得ない方向に曲がっていることや、腕にひびが入っていること。おまけに頭痛も激しければ、嗚咽感も再び戻ってきている。


 全部、固い地面に打ち付けられたときに負ったものである。


 自分はここで死ぬのだろう。ひっそりとそう感じ、彼は全身から力を抜いた。それとともに涙があふれ、視界がかすむ。


 自分は何のために生まれてきたのだろう?。


 日本にいたころは楽しかった。スポーツは得意ではなかったが、勉強は周りの子たちよりもできた。友達だってそれなりにいた。


 それなのにこの世界に来てからはさんざんである。


 言葉は通じず、わけもわからないまま奴隷にされ、毎日暴力に耐え、ただ山を削る日々であった。


 豚のような男にケツの穴を穿り回されたこともあった。


 拷問まがいのことも平気で行われていた。


 口数は少なかったが、友達だった奴隷も事故で死んだ。


 日本に帰りたい。


 ゲームがしたい。


 アニメが見たい。


 漫画が読みたい。


 友達と遊びたい。


 家族と会いたい。


「死にたくないよぉ……」


 か細く母国の言葉を口にする。


 その言葉を聞きつけたのか、またも大蛇はカズヨシのもとに今度はゆっくりと、堂々たるたたずまいで這い寄ってきた。


 逃げた奴隷をすべて食い尽くしたのだろう。大蛇の口周りは赤黒く汚れていた。そして、最後の生き残りであるカズヨシを食べに来たのだ。


 大蛇の牙はまるで大きな包丁が何万本も並んでいるかのようで、のどの奥には終わりのない暗闇がこちらをのぞき込んでいるかのようであった。


 ゆっくりと、ゆっくりと、まがまがしくだらりとよだれを垂らし大蛇は最後のデザートを目の前にしたようにカズヨシに這い寄る。


 カズヨシは目をつぶり己の最後を悟ると、大蛇は一気にカズヨシを口に運ばんと首から先を動かした。


 その時だった。腹から何かにつかまれ、カズヨシの体は浮遊した。


 それが何なのかわからず思わず目を開く。


 信じられないことにカズヨシは木の上にいた。痛みを我慢しながらつかまれた自分の腹部を見る。するとそれは人間の腕であった。カズヨシはつかまれたのではなく、抱きかかえられていたのだ。


「やれやれ。こんなにデカいとはおもわなんだ」


 見上げるとそれは中年の東洋人男性であった。また、信じられないことに彼は今、日本語を口にしていた。


「その、言葉、」

「ん?、ああ、ワシは日ノ本のもんだ。しかしお前さんも災難だったの。お前さん以外、全員、死んどるぞ」

「あ、なたは?」

「まあ、おいおい話してやる。今は、」


 男性が言おうとした瞬間、大蛇はカズヨシと男性が乗っている木をたとえようもないほどに太い胴体で締め倒した。


「おっと、あれをどうにかせんとな」


 男性は木が倒れる前に別の木に飛び乗り、カズヨシを木の上に乱雑に置くとそのまま下に降り立つ。そして大蛇と対峙した。


 大蛇は男性の着地の瞬間、男性を腹に収めんと大口を開け、襲い掛かる。


「あぶない!」


 カズヨシがそう口にした瞬間であった。


 一瞬、閃光のようなものが走り、大蛇の動きが止まる。そして間を置き大蛇はのたうち回りだした。


 よくよく観察すると大蛇の片目は切り裂かれ、自慢の牙もまるでバターでもこそぎ取った後のようにピンクの肉とともに下あごの一部分が切り取られていた。


 大蛇はしばらくのたうち回ると逃げるように鉱山のほうへ去っていった。


 カズヨシは目の前で起こった現象に理解が追い付かず頭を回転させようと体中から脳に栄養を回そうとする。すると栄養不足からか、一気に眠気が彼を襲った。


「いったい、何が……」


 そう言いかけると彼は深い眠りにつくこととなった。


「おーい、大丈夫か―……って、寝ちまっとる」


 男性はカズヨシを先ほどと同様に抱えると、その場から去っていった。


 あたり一面には奴隷たちの躯と返り血と、大蛇の進行によってなぎ倒された木々が残るのみであった。


次回の投稿は本日の16:00ごろにいたします

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