第二十六話 伯爵領の悪魔 その9
「……と、まあ、ああ言っちゃいましたけど、これからどうするんですか?。師匠?」
「ユウサイさん、あんたには感謝してるんだが、その、なんだ、俺としてもエルザちゃんには助かってほしいが、それで村が襲われちまったんじゃ元も子もねぇ。そんなんじゃ、エルザちゃんだって助かっても、今まで通り生活できるかどうかも怪しいぞ」
朝食を食べながらユウサイとカズヨシは早朝の出来事をニックに話していた。やはりニックの意見は予想通り、至極当然のものであった。
「ふむ、確かにその通りだ。しかしな、ワシとて考えなしというわけではない」
「つうと、どんな考えがあるんだ?」
「その前に、確認しておきたいことがある。ニック、伯爵領を占拠した悪魔の数を知っとるか?。それから占拠されたのはいつごろだ?」
「いや、正確な数は知らねぇが、あたり一面に大量の魔獣を召喚するくらいだ。相当な数がいるんじゃないか?。伯爵様が殺されたのは八か月前だ。それからずっと連中は館に引きこもってる」
「では、娘達をさらっていく悪魔は前回は何人で来たか覚えておるか?」
「確か三人程度だったと思う。大体いつもそのくらいだ」
「悪魔の種類はわかるか?」
「いや、そこまでは……。ただ、世間一般で悪魔って言われてるようなまんまの見た目だったよ」
「なるほどな」
そういうとユウサイは椅子の背もたれに深々と体重をかけ、腕を組み足を組む。
「ニックよ。おそらく敵の数はそれほど多くはない。せいぜい十。多くて十五程度だろう」
「なんでそんなことがわかるんだ?」
ニックはまるで話が理解できないといったような意味合いで眉を顰めユウサイを懐疑気にみやる。
「最初の派兵は五十ほどだったな」
「ああ」
「ということは、国はその程度の数で十分と判断したわけだ。つまり悪魔の数はその半分もおらん」
通常、悪魔と人間を比べたとき、基礎能力値の違いから確実に悪魔が勝利する。そのため、悪魔を退治する際は三人以上で相手をしなくてはならない。
「そ、それでも、兵隊は全滅したぞ?」
「ああ。五十ではそうだろう。悪魔一匹につき四、五人をあてがう作戦だったのだろうが、そこには大きな誤算がある」
「誤算?。魔獣が思ったより多かったとかか?」
「魔獣は確かに多いだろうが、わざわざ遠方から来る連中だ。魔獣除けの香ぐらいは持ち合わせていただろう。おそらく敵の中に一匹以上、常軌を逸した化け物が混じっとるのだろうな」
「その常軌を逸した化け物ってのは一体なんだ?」
「ペンタグラムの副隊長を撃退した悪魔、ですか?」
突然、カズヨシが口を開く。
「ペンタグラムの人がどのくらい強いのかはわかりませんけど、たぶん、それなりに強い人だってことは僕にもわかります。だから、そんな人を正面から迎え撃てる悪魔がいる、そういいたいんですね?」
「その通りだ」
「一ついいですか?」
「なんだ?」
「師匠一人で勝てるんですか?。相手は魔法を使います。師匠の剣士としての実力はおそらくこの国では並ぶものはいないでしょう。ですが、相手は悪魔です。あまりにも不確定要素が多いのでは?」
「問題なかろう。少なくともその副隊長は生き延びておる。どれだけ低く見積もろうと、ワシもそのくらいはできるはずだ」
そういうとユウサイは席を立ち、飾ってある鎧の前に立つ。
「……とはいえ、ワシだけでは手が回らん。ニックよ、すまんがこの鎧、借りさせてもらうぞ」
そう言ってユウサイは仮面の下で下卑た笑いを浮かべ、カズヨシを見るのだった。
「ああ、構わんが……。その前に一つ、頼みたいことがある」
「なんだ。言ってみろ」
「俺はあんたの強さを疑っちゃいない。目をつぶってたから実際のところ、どのくらいのもんなのかは見当もつかないが、あんたが尋常でないことは理解してるつもりだ。だけど、村の連中はそうじゃない。だから、村の中央であんたの強さを村人に示してやってほしい。でないとほかのやつらがあんたの邪魔をしに来ないとも限らん」
確かにニックの言う通り、ユウサイが勝手な行動を起こして村人から反感を買うことは確実である。さらに、ニックはまだエルザと知り合いだから協力的ではあるが、エルザのことを知らない村人は確実に自分の身を第一に考えて悪魔には向かいことを何よりも阻止しようとしてくるだろう。
「よかろう。昼までにその場所に村人を集めてくれ」
「わかった。すぐに集めてくる」
そう言ってニックは食事を中断して、ユウサイの作戦を聞く前に家から出て行ってしまった。
「カズヨシ、ちょっとこの鎧の隣に立て」
ニックが去ると突然ユウサイはカズヨシを鎧の前に来るように手招きをする。カズヨシは何かと思いつつも立ち上がり、鎧の隣に立つ。
「ふむ、まあ少し大きめではあるが、問題ないだろう。その兜の見た目ともちょうど合いそうだ」
「なんの話ですか?」
「カズヨシ、ワシは夜に館に乗り込む。そこで化け物どもの首を落としてくる。その間におそらく娘をさらいに使者の悪魔どもが来るだろう。お前にはそいつらの足止めを頼みたい」
「……今なんて言いました?」
「お前には使者の足止めを頼みたい。できんのか」
思いもよらぬユウサイの言葉を受け、一瞬カズヨシは何を言っているのか理解できず問い返してしまう。それに対してユウサイは淡々と当たり前のように返事を返す。
「無理です!。というか、悪魔の相手は師匠がやるんじゃないんですか!?。大体なんで夜になって乗り込むんですか?。昼間なら連中もきっと館に固まってるはずですから一気に相手ができるじゃないですか」
口ではユウサイを心配してユウサイ一人では大丈夫なのかというものの、カズヨシは心の中ではユウサイであれば余裕だろうと確信していた。そのため、ユウサイがわざわざ自分を戦いの場に駆り立てる意味がわからなかった。
「カズヨシよ、確かにお前の言う通り、今から館に攻め込んでワシが悪魔どもを一掃するのも悪い手ではない。だがな、それでは確実性に欠ける。敵の頭を確実にとるために一番手薄になっている時を狙うのは定石だ」
「さっき自信満々にワシなら問題ない、みたいなこと言ってましたよね!?。というか、第一、僕には無理です!。実力もよくわからない悪魔を一度に三匹も相手にするなんて、実戦経験皆無の僕には荷が重すぎます!」
「ならばお前も先ほど言っていただろう、ワシ一人で大丈夫なのか、と。だからワシはお前と一緒に戦うのだ」
「なっ……」
ユウサイの言葉に帰す言葉もなく閉口する。確かに先ほどそのようなことをカズヨシは言った。しかし、こうなるとはみじんも予想していなかった。そしてカズヨシは今ほどこの老人を気遣ったことを後悔したことはない、と頭を抱えるのだった。
「なに、そのために鎧も借り受けた。お前はワシが帰ってくるまで時間を稼げばいいのだ。そう深く考えるな」
そう言ってユウサイはカズヨシの背中をたたき、盛大に笑った。
「まあ、カズヨシ、これはお前のためでもあるのだ。試練を得ることは時として千金に値することがある」
そのユウサイの言葉に逆らえない己の意思の弱さを呪いながら、カズヨシはあきらめたように席に着き、食事を再開するのであった。
次回の投稿は明後日の18:00~18:30ごろになります
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