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第二十五話 伯爵領の悪魔 その8

「昨晩言ってたことと矛盾してませんか?」

「……そうですね。そうかもしれません。でも、怖いんですよ」


 そういう彼女は瞳に涙を浮かべていた。年ごろの娘としてこれは、当たり前の反応である。


 しかし、今まで見てきたエルザという少女は自己犠牲の精神のもとに生贄としての己の役割をしっかりと受け止めていた。そのための覚悟も口にしていた。


 だからこそ、その涙には深い意味があるのだろう。


「この村が襲われるかもしれませんよ?」

「……ええ」

「あなたの家族がひどい目に合うかも」

「……ええ」

「フレデリカちゃんにも危険が及ぶかもしれないですね」

「……ええ」

「それでも、ここから逃げ出したいんですか?」

「…………」


 答えは返ってこなかった。当たり前である。一人の少女が背負うにはあまりにも過酷な運命なのだから。


 エルザは答えを返す代わりにその場にうずくまり、金切り声を上げ始めた。


 エルザという少女は本当にごく普通の、何の特徴もない少女なのだ。だからこそ、村全体と自分の命を天秤にかけたとき、当たり前に導き出されるその答えに従ってしまうのだ。


 その答えを決して受け入れているわけではない。逆らえないのだ。逆らうだけの勇気がないのだ。自分を貫き通すだけの意思がないのだ。


 だから自分を偽り、まるで聖女のように周りにふるまうことで、周囲をだましてきたのだ。


「残念ですけど、僕にはどうすることもできませんよ。あなたを連れ出せば、僕は村の人々から恨まれてしまいます。それに、あなたを追って悪魔に命を狙われないとも限りません。だから、僕にはどうすることもできません」

「私は、どうすればよかったんでしょうか……」


 涙ながらにエルザはそういう。その声はか細く、まるで聖女のような印象を受けた昨夜のものとはまるで異なっていた。


「どうすることもできないでしょうね。いうなればこれは災害です。地震や嵐から逃げられないようにこれは運の問題なのですよ」


 伯爵の館を占拠したという悪魔は聞くところによるととても人間の敵う相手とは思えなかった。ユウサイであれば、などと淡い期待を寄せはするものの、やはり相手は化け物なのだ。そこに絶対はない。


「私は、おとなしく死ぬしかないのでしょうか……」

「別に、祈るくらいのことはしてもいいんじゃないですか?」

「え……?」


 現実的なことばかり言うカズヨシから最後に出てきた言葉に、思わずエルザは疑問符を浮かべてしまう。


「結局、最後はみんな神頼みなんですよ。聞くところによると、神様はずいぶん昔に死んじゃったみたいですけど、僕らの祖先は天使だったそうじゃないですか。なら、少しくらい神様の加護も残ってるような気がしませんか?」


 そう言ってカズヨシはくるりと身をひるがえす。


「ね?、師匠」


 エルザは不思議な顔をして後ろを見やる。すると、木陰からキツネの面をかぶった男性がゆっくりと姿を現した。


 魔法陣を書いている最中、後ろから聞こえた草を踏み潰す音。それの正体はユウサイだったのだ。


「……気づいとったか」

「ええ。バレバレです。それで、僕が止めても意味はないんでしょう?」

「おうとも。さすがに伊達に四年以上もワシの息子をしておらんな」

「皆さん、猛反対すると思いますよ?」

「だろうな」


 ユウサイは全く悪びれる様子もなく堂々と答える。その姿に若干あきれ気味になりながらカズヨシは頭を抱える。


「全く……。どんどん悪い方向に進んでる気がします。……でも、わかりました」


 カズヨシがあきらめたように返事をするとユウサイはズカズカとエルザに近寄り目の前で仁王立ちをする。


「名は……エルザといったか。喜べ。お前の命、このワシが拾い上げてやろう」

「私は……助かるのでしょうか?」

「なんとも言えんな。相手がワシより強ければワシではお前さんを救うことはできん。しかしまあ、何とかなるだろう」


 なんともあいまいなユウサイの返答にエルザは困惑する。しかし、なぜか目の前の中年男性は自信満々に何一つの躊躇もなく返事を返す。


 その姿からはなぜか、根拠はなくとも虚栄のものではないと思わせるしれない何かが感じられた。そして、エルザは根拠もなく自分は救われるのではないかという期待を持つこととなるのであった。



次回の投稿は明後日の18:00~18:30ごろになります

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