第十八話 伯爵領の悪魔 その1
二人が旅を始めて数週間。旅は何一つのアクシデントもなく、順調に進んでいた。
「ししょー、そろそろ交代の時間ですよ」
「若いもんは少しは年寄りをいたわるもんだ」
曇り空の下、ユウサイは荷車で横になりながら魔導書を片手にこたえる。
「二時間前にもおんなじこと言って変わってくれなかったですよね?。いい加減にしてください。というか、絶対、師匠のほうが僕より体力ありますよね?。僕の知ってる老人はもっとヒョロヒョロしてると思うんですけど」
ユウサイは今年で五十五歳になる。この世界では六十歳まで生きれば、かなりの長寿として扱われるため、ユウサイの年齢は確かに老人といえるものである。
しかし、筋骨隆々の肉体や、はきはきとした言葉遣い。外見も初対面であれば四十台と見間違えるほどである。
最近では、魔力を手に入れた時に備え、魔法の知識も手に入れようカズヨシの魔導書で勉強にも乗り出している。この老人に死角はないのだ。
「元気なのはいいことだろう。孫の顔を見るまでは死ぬ気はないぞ」
この旅では二時間おきに荷車を引く役を交代することになっている。しかし、実際はほとんどをカズヨシが引っ張っていた。
「いい加減、僕は疲れましたよ!。大体この荷車、重すぎるんですよ!。車輪の部分はさびてるし、荷物はめっちゃ多いし、師匠も乗っかってるし、普通、この手の大荷物は馬とか牛にひかせるもんなんですよ!。何で人力なんですか!」
「貧乏人に余裕はない。馬一匹、いったい、いくらすると思っとるんだ。大体、獣どもよりワシやお前のほうが体力がある。……まったく、仕方ない」
さすがにユウサイも重い腰を上げ、交代を受け入れる。
「最初っから素直にそうしてください」
そう言ってカズヨシはユウサイに獣のいないくびきを渡す。そしてユウサイがいた荷車の上に乗り込み、一気に身を任せる。
しばらくするとユウサイは荷車を引きはじめ、ゴロゴロと車輪の音が鳴り響く。
荷車を引きはじめ、しばらくの間、カズヨシは疲れ切り、しゃべる気力もわかなかった。しかし、それからまたしばらくすると、沈黙に耐えきれなくなり、何でもないことを話し始める。
「師匠、ちょっといいですか」
「なんだ」
「師匠って、昔、旅してたんですよね?」
「そうだな。なんだ?、聞きたいのか?。かわいいやつめ」
「まあ……はい」
なんとも負けたような気分になりながらもカズヨシは返事を返す。
「前回の旅では神樹の朝露についてはなんの情報もなかったんですか?。インパルスにはいったことあるんですよね?」
「ああ。全く耳にせんかった。おそらく、各地の魔法院の連中が自分たちで秘薬を独占するためだろうよ。前回の旅でも情報収集が一番大変だった」
「前回は何か、あてとかはあったんですか?」
「なかったな。きれいさっぱり、これっぽっちも可能性がありそうなものはなかった。最後のほうはおとぎ話とかに頼って魔獣どもの巣に飛び込んだこともあったが、まったくめぼしいもんはなかった」
「はあ、そうですか」
カズヨシは二十年前からそんな無茶苦茶なことをする人だったのか、と若干あきれながら返事をする。
それと同時に、ユウサイが旅をしていた年齢は二十台前半から後半にかけての出来事であることに意識が向く。
「……僕は、師匠みたいになれますかね」
あと十年もすればカズヨシも当時のユウサイと大して年齢は変わらなくなる。そして、その時に自分は、ユウサイのように強い剣士になっているのだろうかと時々疑問になる。
彼には全くイメージがわかないのだ。自分がユウサイのように視認できないほどの絶技を放っている姿が。
「ワシみたいになってどうする。お前にはワシを超えてもらわねばならん」
「……は?」
ユウサイの急なめちゃくちゃな発言が感傷に浸るカズヨシを一気に引き戻す。
「いや、いやいやいや、そんなの無理です!。師匠の剣術ははっきり言って人の域を超えています!。魔法もなしに上位悪魔に完勝する人を超えられるわけないでしょう!」
「そうさなぁ、たしかにお前はワシよりは才能がないかもしれんな。いまだに基礎が固まっとらん。おまけに使える技も一つのみだしの」
「気にしてるんで、そんなズバズバ言わないでください」
ユウサイの見立てでは毎日稽古をつけてやれば、一年もすれば基礎は完成すると考えていた。
しかし、想像以上にカズヨシは呑み込みが遅く、今もユウサイから見ればまだまだ基礎も完成していないといった感じであった。
仕方なく、モチベーションを上げるために技を一つ教えてはみたものの、やはり基礎ができていないため、ユウサイのものに比べるとかなり劣ると言わざるを得ない。
「それでもな、お前にはまだまだ時間がある。そして、ワシと違って魔法の才能がある。いいことを教えてやろう、剣術は……」
「練習して練習して、飽きるほど練習して、ある時あふれだしたように才能が開花する、ですか?。」
修行中、ユウサイは口酸っぱくカズヨシにこの言葉をかけていた。だからこそ、自分の技に自信が持てなくてもカズヨシは日々の修行に耐えることができていた。
しかし、最近になっていつまでたっても才能が開花しないことにいら立ちを覚えてきているのも事実であった。
「そうだ。わかってるならもうそんなことは言うな。お前はワシの息子なのだから胸を張っていればいいんだ」
「いや、そんないい感じに話を切られても。もうちょっとで師匠のとこにきて四年も経つんですよ?。それに魔法の才能って言ったって……」
荷台から身を乗り出し、ユウサイに反発する。文句たらたらにユウサイの言葉を否定してやろうとしたその時、前方に人影が見えた。
「……なんですかね?、あれ」
「うーむ、ただ事ではなさそうだが」
遠くから見えるその人物は一人であった。しかし、見つけたのは人のみではなかった。その横に人間の倍ほどのデカさの怪鳥が三羽ほど、その人物を取り囲んでいるようだった。
「荷馬車は任せたぞ」
「え、ちょっと!」
一言つげるとユウサイは左手を刀に添え、その場から走り去ってしまった。その速度たるや、馬も追いつけないほどのものであった。
次回の投稿は本日の18:00〜18:30ごろになります。
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